幸福の卵

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幸福の卵

 今日も仕事で嫌なことがあった。  うるさいばかりの無能な上司、人の足を引っ張ることしか考えていない同僚、悪口を言い合うしか能のない女子社員達…。  不況とはいえ、妥協で入ってやったにすぎない会社だ。そこで役立たず共に囲まれて過ごす毎日は、へどが出そうなくらい憂鬱だ。  酒でも飲まなきゃやってられなくて、夜ごと、一杯引っかけて帰るのが、俺の日課になっていた。  しこたま飲んで店を出る。若干足がもつれはするが、まだまだ俺は大丈夫だ。なのに女将の奴、飲み過ぎ扱いしやがって。客商売のくせにクソ対応過ぎだ。  酒のせいではなく、苛立ちで足がもつれ、近くの路地に踏み込んだ。  そこに妙なばあさんがいた。  …占い師?  水晶玉や筮竹といった、いかにもそれっぽい小道具はないが、ばあさんの風体はそんな感じだ。 「大丈夫かい?」  そう問いながらばあさんが寄って来る。平気だと突っぱねようとしたが、真正面まで近寄られた。 「随分とまあ、不平不満の多い毎日を送っているようだね」  知ったような口をきかれ、さらに苛立ちか増した。胸ぐらを掴み上げ、至近距離でうるせぇと怒鳴ってやろうと思ったが、何故か体が動かない。 「あんたのような人間にはこれが必要だよ。この、『幸福の卵』がね」  そう言ってばあさんが押しつけてきたのは、妙な柄の卵だった。  大きさや重さからして、普通の卵に適当なペイントをした物だろう。これを幸運のアイテムとして、バカ高い値段で売りつけようって訳か。  そんな見えすいたテに誰が引っかかるか。こんなモン、今すぐ突き返してやる。  そう思ったのに、ばあさんはたちどころに踵を返し、闇の中に消えてしまった。  おいおい、この卵、どうするんだよ?  普通に考えれば、選択肢は『この場に捨てていく』の一つだけだ。でも、あんなインチキ口上でも、占い師みたいなばあさんに告げられると、幸福の卵とかいう名前の、怪しさ丸出しなへんてこ模様の卵がラッキーアイテムっぽく見えてしまう。  俺の素性は知られてない筈だ。多分、後で高額請求とかはないだろう。だったら卵の一つくらい、もらってやってもいいだろう。  最終的にその意見に到達し、俺は家に向かった。
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