前奏

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姿が目に入った瞬間、おれは声をかけていた。 気まぐれといえば気まぐれ。 けれど、それ以上の何か。 歌を口ずさんでいた彼女は驚くことなく、ただ口を噤(ツグ)み、おれを振り返った。 そして、驚いたのはおれのほうだった。 その横顔に見えた儚さは消え、彼女の瞳は感情を失っている。 否(イナ)、そこに在るのは侮蔑、怒り、そして……涙。 たぶん――。 それらが綯(ナ)い交ぜになって虚無が織り成されている。 “何か”がわかった。 それは彼女とおれに共生するもの。
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