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虹に麓なんかない。よほど小さな子どもじゃなければわたしたちはみんなそのことを知ってる。かく言うわたしだってそうだ。
例えばわたしについて言わせてもらうと、多少の足をかけるとっかかりさえあれば、どんなところへもあっという間に登っていける自信がある。身が軽いせいだ。身長百五十センチ未満、四十キロに満たない体重。小柄も小柄、胸なんか全然ない。まるっきり小学校高学年の男の子みたいな身体つき。
でもだからこそ、邪魔なものもなく軽々と何処までも恐れずぐいぐいと登ることができる。自分の身長の何倍もの高さでもへっちゃらだ。もしかしたら生まれつき、恐怖心が薄いのかもしれない。
でも、地面に接してるスタート地点がなくて、上への道筋が閉ざされていたら。幾らわたしでももちろん登っていくことはできない。
仕方ないんだ。だって、虹はそもそも登るものじゃない。あれが平べったい踏みしめることのできる道だって本当に考えてる大人なんかいない。虹は下から仰ぎ見るものだ。遠くから眺めるためのもの。触れたりできないもの。
虹は物理的存在じゃない。あれはただの視覚的現象なんだ。ある意味現実じゃない。
そう自分に言い聞かせる。目にできただけでよかったじゃないか。実際にこの手で触れてみたいとか、その高みまで登っていきたいとか。そんな無駄な望みを持つなんて。
…やっぱり、馬鹿げたことなんだよなぁ…。 時折そうやって、内心でため息をついている。
「本当にやるの?ちゆ。結構な高さあるよ、マジで」
同じクラスの友人、板橋美希が潜めた声で心配げに尋ねる。見上げる目当ての教室は三階だ。まあ、二階よりかは高い、確かに。でも問題は登り始められるかどうかだ。ある程度の高さからずっと足がかりがあればあとは何とかなる。ほんの少しの凹凸でいい。そういう意味で絶好の状態の樹が窓のそばにある。それで、この教室での授業がある日を狙っていた。
ついにその時がやってきた。
「…語学の授業なのがちょっとしょぼいけどね」
指をぽきぽき鳴らし、首を回してウォーミングアップしながら呟くと、板橋は目を丸くした。
「何でよ、充分じゃん。あの立山順基が素で授業受けてるとこ見られるんだよ。写真に授業内容なんか写らないし」
「覗くだけだって。板橋、あたしが写真撮ってくるって決めつけないでよ。それじゃ盗撮じゃん。追っかけかよ」
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