第1章 窓の外の猿

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勿論浪人して予備校に入って大人しく一から勉強をやり直す方法もあったのだが、どうせ卒業後はそれ関係の仕事を何かしてみたい気持ちもあったし、高校時代にちょこっと実績もなくはなかったので、そこを活かして何処か演劇の盛んな大学へAO入試で潜り込もうかな、と考えていた。 そんな時、自分が関わり始めてから通うようになった演劇の舞台で知った注目の若手俳優、立山順基がこの大学に進学するらしいと噂を聞いた。調べてみたら俳優・女優の演者の学部だけじゃなくて、演出、脚本、衣裳やメイク、照明、音響などのスタッフの学部もちゃんとある。当然舞台美術専攻もあった。 つまり、在学生だけでひとつの舞台が成立するよう全ての人材を育成していて、学生たちは全部のスタッフを揃えたグループを作り年二回のステージを上演するのが主な課程だ(一年生は簡単なものを学年末に一回だけ)。これがなかなか大変らしいのだが、そのステージは芸能関係者も見に来るし、特にスタッフ部門は四年間で実践的に鍛えらると評判も高く、業界へのコネクションも強力なので卒業後の進路に有利らしい。 四年間も閉鎖空間に入るのはどうかと思わないでもないが、あまり都会で遊びまわりたいという意識もなかったので、まぁいいか、と気楽に志望した。それまで手がけた自分の舞台の写真や画像、賞歴を送りつけて売り込んだのだ。あっさり通ったので、ここが狭き門だってことは入学してかなり経ってから知った。 スタッフ部門の学部は実際にその業界で働ける確率が高いので、ど田舎にあっても志望者が引きもきらないようだ。 尤も演者の学部はまた別で、才能のあるなしだけで成立する世界でもなし、ここを出たら確実に売れるとかそういうルートは存在しない。ただ、前述したように学生の公演は芸能事務所やプロデューサーなども見に来るし、目に止まる確率は低くない。それに学生の三分の一くらいは既にデビュー済の芸能人だ。とにかくそんな風に芸能界が身近に感じられる環境なので、そっちの学部も相当な倍率らしい。何を基準にセレクションしてるのかは知らないが。 そういう大学に入って一年が過ぎ、ようやく二年生になったところだった。一年目は一般教養課程や語学、座学の授業も多く、専攻コース別の授業も基本をみっちり叩き込まれるところから始まるので、とにかく身体を動かしてないと気が済まないわたしのような人間はつくづく身体がなまった。
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