第1章 窓の外の猿

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そうは言ってもいざ実践となると、学年末に先輩方の真似事のような舞台を何とか披露するのが精一杯だった。二年生からはこれが年二回か。こりゃ大変だなあと先が思いやられる。 そんな四月の学期初め、わたしは兼ねてよりのファンだった立山順基と初めて対面したのだった。 「おい、小川。お前立山順基と知り合いだったんか?」 語学の授業の後、お昼は学食に行こうか、それとも購買でなんか買って食うか。カフェテリアは今ひとつ腹が膨らまないしな、と呑気に考えながらペットボトルの残りのお茶を飲み干していたわたしはクラスの男の子に唐突に話しかけられて思わず噴きかけた。 「やっ、…あの、知り合いじゃ。…ない…」 あの時一瞬目が合っただけだ。断じて知り合ってはいない。わたしの身元がわかるような要素はどこにもなかったはずだ。 なのにどうやってかわたしのクラスが向こうにわかったのか。きっと彼の所属事務所を通して学校から厳重注意ってとこだな。まさか退学や停学にはならないと思いたいが…。 クラスの男の子はわたしの机の脇に立ち、腕組みをして教室入り口の方に向けて顎をしゃくった。 「でも、そこに来てお前を呼んでるぞ。このクラスに猿みたいなちっちゃい女いる?って。…どう考えてもお前のことだろ」 猿みたいな…。 わたしはペットボトルの口を咥えたまま憮然としたが、あの状況を思い出すとまあそう言われても仕方がない。やっぱりあの時のことだな。と半ば諦めた気持ちで入り口に向かいかけてふと疑問が生ずる。 「…本人?マネージャーさんとかでなく?」 「本人だったよ。TVでしか見たことなかったけど、他人の空似って感じじゃないぜ。でも、思ったよりフツーだな。なんか向こうが平然としてるから、みんなちらちら見てはいるけどあんまし騒ぎにはなってないよ」 なるほど。確かにその辺りに人がたかってるような気配は特にない。まあ芸能人がいたくらいで大騒ぎしてるようじゃ、この大学に入って一年経過した立場がないってもんだけど。基本見て見ぬ振りで華麗にスルーするのが暗黙のルールだ。 だからこそ、あんな風に窓の外から覗こうとするのは全く申し開きの余地もなくルール違反ではあるのだが…。 とにかく謝るか。わたしはため息をつき、荷物を放り込んだバッグを肩にかけて戸口に向かった。 「…ああ」 彼は戸口の脇の壁に背をもたれるように寄りかかって待っていた。
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