第1章 窓の外の猿

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わたしがひょい、と出口から恐るおそる頭を突き出すと思いの外近くにいた彼とばっちり目が合う。わ、本物の立山順基だ、と全身の血が一瞬沸いたがそれで終わり。呼吸を整え平静に戻す。目の前の人物を崇めるようにきゃーきゃー言うのはなんか違和感がある。舞台と客席にそれぞれいる時はともかく、ここは普通に大学の同級生として接しないと、相手にも失礼な気がするし。 そう言いながら何でもない授業風景をわざわざ覗きに行ってるんだけどね。 「…やっぱ、無傷で済まなかったな。結構盛大にやってるじゃん」 にこりともせずに無表情でいきなりわたしの全身をざっと見て、言った。わたしは肩を竦めて絆創膏だらけの両手を掲げて見せた。 「でも、擦り傷と切り傷だけですよ。全身ズタボロだけど、骨は大丈夫だし打ち身や捻挫もありません」 ちょっと自慢げに胸を張る阿呆なわたし。案の定彼は軽く目を瞠った。 「すごいな、あの高さから落ちたのに。…どうやって着地した?そのまま落ちたらそれじゃ収まらないだろ」 「下にもう一本割に大きな枝があったんです。咄嗟にそこに掴まってぶら下がりました」 何となくそのまま教室の入り口で話し続けてるのも何なので、どちらからともなく並んで歩き出す。方向としてはカフェテリアか。この人、お昼とか食べんのかな、とかつい馬鹿なことを考える。食うに決まってんだろうが。 「まぁ、落下しながら掴んだんで落ちてく勢いも加わって、あんまり保たなかったんですけどね。でも折れるまでの間に下の状況判断ができたんで、身体を振ってツツジの植え込みの上に落ちられたから。おかげでばきばきに枝が折れて全身傷だらけになりましたけど」 痛みに呻きながらも何とかそのまま植え込みの中に隠れ、のんびりそのあとその場にやってきたご年配の先生には見つからずに済んだ。さすがにそこにいた板橋に、今すごい音したけどどうしたの?と尋ねてはいたけど。奴は何とかごまかしてくれてわたしは無事逃げおおせたが、言うに事欠いて 「今、木の上から巨大な日本ザルが怒り狂って落ちてきた。そのまま植え込みに入って行って消えたけど、凶暴そうだったから手出ししない方がいい」 とは何事か。おかげでしばらくの間、学内中に 『野生のサルに注意。気が立っていると危険なので、手出しせずに事務局に報告して下さい』 との注意書きがべたべた貼られていた。 「なるほど」 彼は表情を変えずに頷いた。
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