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その出会いは、偶然が重なって起きた必然だったのだ。
「ごめん……風邪引いちゃって……」
彼女の雛子から電話が来たのは、たまたま仕事がスムーズに終わって、たまたま飲みに行く約束もなく、たまたま久しぶりに一人で家飲みを楽しもうかとコンビニへ向かおうとした時だった。
風邪で少し鼻にかかった雛子の声は何かのアニメのキャラクターみたいでかわいい。
付き合い始めてまだ一月もしない関係だが、体調が悪くなって俺に頼って連絡をくれるのは嬉しいものだ。
「病院には行った? 薬は飲んだのか? 何か欲しいものはある?」
話しながら、目的地をコンビニからドラッグストアに変えて歩き始めた。
か弱い雛子はきっと体調を崩して食欲もなくなっているはずだ。なにも食べられないなら、風邪薬やスポーツドリンクが必要だろう。
何が一番身体に良いのか考えていると、雛子が「食べたい物があるの」と弱々しく言った。
「何が食べたいの? お粥とか、うどんみたいなやつ?」
食べたい物によっては、ドラッグストアよりもコンビニか。いや、いっそ雛子のアパートに行く途中のスーパーに寄った方が良いのかな。
そう思いまた行き先をスーパーへと切り替える。
雛子が実家を出て一人暮らしを始めたのはつい最近の事らしい。付き合う前からアパートの部屋の前まで何度も送ったことはあるが、今夜は流石に部屋の中に招き入れられるだろう。
相手は病人だから期待しないつもりだが、彼女の体調次第ではすこし考えるかもしれん。
看病半分、期待半分のモチベーションの俺に雛子が食べたい物を電話口で伝える。
「かんぴょう巻きと、春雨の中華サラダ、って分かるかな? 春雨やキクラゲの入った酢の物なんだけど。それと……」
少し恥ずかしいのだけど、と言って、雛子は鳥レバーの甘辛煮もリクエストに付け加えた。
「分かった。じゃあ買っていくから」
「ありがとう。ごめんね。こんな事お願いしちゃって……」
「いいって。俺が着くまで、ゆっくり寝てて」
弱々しい割にはけっこう食べるなと思いつつ、俺は通話を終えた。
話しながら歩いていたから、もうスーパーは目の前だ。6時45分を過ぎた店内は主婦らしき女性の姿は少なく、代わりに仕事帰りらしき人がだるそうに買い物かごを持って歩いていた。
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