45人が本棚に入れています
本棚に追加
「わあ、この絵、みぃくんが描いたの? 上手ー」
りかこ先生がぼくの絵を見て誉めてくれた。
街灯の灯りが、暗い夜道でもお絵かき帳のページを明るく照らしている。
「うん。うちによく来るねこ。なんかね、わらってるの」
ぼくはお絵かきが上手。お絵かき帳はぼくの宝物だけど、ママとりかこ先生にだけは見せてあげる。
「笑ってるみたいな顔した猫? あはは、チェシャ猫みたいだね」
先生がぼくにお絵かき帳を返しながらそう言う。
「てしゃねこ?」
「チェ、シャ、ね、こ。不思議の国のアリスってお話に出てくる猫なのよ。いつもこんな風にニヤニヤ笑ってるんだって」
「ニヤニヤじゃないよ、シシシシってわらうんだ」
ぼくがお絵かき帳を受け取って保育園のカバンにしまうと、先生が目を見張って息を飲んだ。
「み、みぃくん、その手首どうしたの。ミミズ腫れみたいになってる……」
「…………」
どうしよう、見られちゃった。
口ごもったぼくを覗き込んでくる悲しそうな目が、なんだかすごく嫌だ。
「……今日もお迎えに来ないから私が送ってるんだよ? もしかして、お母さんが縛った?」
ぶんぶんと頭を横に振る。
そんな目をしないで、りかこ先生。大好きな先生にはいつも笑っててほしいのに。
てしゃねこみたいに、シシシって笑って。
「……うちの保育園でこんな事になるわけないし、みぃくんの親御さんってお母さんだけでしょ?」
もう一度頭をぶんぶん。
だってぼくにパパはいる。いっぱい。
一番新しいパパはお兄ちゃんみたいでカッコよかった。ここのところ来なくなったけど。
ちょっと前のパパはおじさん。その前は大きくて怖いパパだったし、その前はいつもお酒臭いパパでその前は……ええと。
とにかく全部ママが『あんたのパパだから』って言ったから、あの人たちはパパなんだ。
「ねえ、正直に話して。お母さんはみぃくんに優しい? その……叩いたりとかしない?」
「しない。ママのこと、好き」
眉をひそめて、りかこ先生が口をつぐむ。
「先生あのね、きのうね、輪ゴムで遊んだの。いくつ手に巻けるかやってみて、痛くなったから取ったの。そしたらあとがついただけ。ほんとだよ」
「……もういいよみぃくん。今度ちゃんとお母さんとお話する。園長先生にも立ち会ってもらって……」
もういいよって言われてぼくはホッとした。
最初のコメントを投稿しよう!