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ママが誰にも言うなって言うから。ごめんね、りかこ先生。
「このアパートの一階だよね、みぃくんのお家。お母さん居るといいけど。でも電話にも出なかったし……」
「ぼく、カギ持ってるもん」
先に走っていってぼくは玄関の鍵を開けた。その後ろから先生が、真っ暗なお家の中を覗き込む。
「失礼しますー。さくらもも保育園の白井です。みくとくんのお母さん、いらっしゃいますかー?」
そう先生が中に声をかけたけど、返事はなし。
「……いないみたいね、電気も点いてないし。みぃくん一人で大丈夫?」
「うん! せんせー、さよーなら」
名残惜しそうな先生を外に押し出して、ぼくは玄関のドアを閉めた。そして背伸びして台所の電気のスイッチを押す。
パッとついた台所の灯りが、奥の部屋まで薄ぼんやりと明るくする。
ママはいた。
ひらひらした薄い下着姿のまま、畳の上で眠っている。ちゃぶ台の上にはお酒の瓶とコップ、散らばったよくわからないお薬。
一番新しいパパが来なくなってからママはずっとこんな感じだ。
りかこ先生は知らないけど、ママのお仕事は夜。それもずっと行ってないみたい。
ぼくと居る時間は増えたけど、ママはぼくを見ない。それでも、前はよくピアノを弾いて聞かせてくれた。だからママのこと、やっぱり大好き。
するとふいに、薄暗い部屋のピアノの上に……てしゃねこが現れた。
いつものように目を三日月にしたような笑った顔で、顔だけが宙に浮いている。
こうしててしゃねこがお家に来るようになってから、ぼくはあんまり悲しくなくなった。
お家にいる時、ぼくはいつも台所のテーブルに手首を繋がれる。でもそれも別に嫌じゃなくなった。
おとなしくそこで絵を描いたりしてれば痛くもならないし、ママも怒らない。
てしゃねこみたいに目を三日月にすると悲しくないんだ。
その時、寝ているママが苦し気に唸った。見ると、眉間にシワを寄せて寝言を言っている。
「ママかわいそう。笑えばいいのに……」
傍のピアノの上には、目を三日月にして口を耳まで伸ばして笑うてしゃねこの顔。
『シシシシシ』
イイコトを思い付いた。
ぼくは台所へ行って戸棚の引き出しからプラスチックの細い紐を四つ取り出す。
これはインシュロック。紐の片方にある穴に先っちょを通してギュッと締めると、もう絶対緩まない。
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