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S県に入り、S市に続く国道に入った時だった。
「うっ」
突然老人は胸を押さえ苦しそうにし始めた。
「ちょっと、おじいさん。どうしたんです?」
「ああいや、いつもの発作です。すぐにおさまりますわい」
そう言って老人は路肩に車を停めた。
「あ、あの! 私一分一秒でもスーパー福副に急ぎたいんです! 早くしないと誰かに取られちゃうんです!」
「すまんのう……。もし買いそびれたらワシに買わせてくだされ」
「代わって下さい! 私が運転します!」
文月は老人を助手席に移らせ運転席に座った。
「す、すまんがワシの行きつけの病院に--」
途中で老人の声が聞こえた気がしたが、文月は構わず車を飛ばした。
その甲斐あり、日が沈む前にスーパー福副に到着した。
するとまさに今、迷彩服を着た男が宝くじ売り場でくじを購入しているのが見えた。
ナイスタイミング。と思ったのも束の間。
「ああっ!? ダメっ!」
後から老婆がやって来て男の後ろに並んだ。
慌てて売り場の前に車を停める文月だったが、老婆はすでに宝くじを買った後だった。
すぐに文月は老婆の前に回り込んで頭を下げた。
「お願いします! その宝くじ譲って下さいっ!」
「な、なんじゃねアンタ?」
「私も今くじを買います! ですから交換して下さい!」
「フン。ヤじゃよ。コレはアタシが買ったくじじゃ」
一生遊んで暮らせるであろう大金を目の前に、文月は一歩も引かなかった。
「そのくじは私が買うって決めていたの! だからそれは私のくじ! 私の番号! 私のマイナンバァアァアァ!」
力任せに老婆からくじを奪おうとする文月。見兼ねた迷彩服の男が仲裁に入る。
「おいおい、止めなって。それよりお連れのじいさんの様子が変だぞ」
「えっ」
思わず手を離す文月。反動で老婆は転倒。コンクリートに後頭部をぶつけそのまま動かなくなった。
それを見て呆然とする文月。すぐに迷彩服の男が声を掛ける。
「大丈夫かばあさん!? ちょ……えっ。し……死んでる……」
そして車内では老人が胸を押さえたまま息を引き取っていた。
後日、新聞を広げ『老人二名の命を奪った主婦逮捕』の見出しのニュースを読んでいたセールスマンは細長い目尻を垂らした。
「あらら、大凶は売るつもりはなかったんですけどねえ」
完
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