消したい夜

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*** 大手電機メーカー本社ビル五階、エレベーターを下りて右に突き当たった曲がり角の小部屋。 そこが私の職場だ。 重い足取りで廊下を進み、ため息を一つついてから胸に下げたIDカードをドアにかざした。 開かなきゃいいのに……。 そんな私の後ろ向きな気分とは裏腹に、ロックは明るい電子音とともに何の問題もなく外れた。 IDカードには “商品企画本部 江藤奈都(ナツ)” と書かれている。 通常の部門は社員ならば誰でも出入りできるけれど、私が所属する部門は秘密保持のためセキュリティが特に厳しく、登録された所属人員しか入室できない仕組みになっている。 もう一度ため息をついてからIDカード裏返しにして胸に下げ、ドアを押し開いた。 裏返しにするのには理由がある。 私はこのカードが嫌だった。 顔写真が気に入らないのだ。 副主任に昇格すれば再撮影されるはずだけど、昨年は昇格ならず、写真は七年前の入社当時のままだ。 いくら映りが悪いとしても、私ってもう少しマシな顔だと思うのに……。 髪型やメークを頑張っても素地はこれだよと、自他に格付宣告されている気分になる。
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