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「昨日はお疲れさま」
ほら来た。
この話題は避けられないのだ。
心の鎧の紐を締めるように、膝に乗せたバッグの持ち手をきつく握りしめる。
「昨日はご馳走様でした。すごく美味しかったです。お言葉に甘えてしまってすみません」
明るく答えながら、気づかれない程度に彼から目の焦点をずらし、直視を避けた。
笑顔一つ、仕草一つ、言葉一つに期待を膨らませた日々は昨日で砕けた。
心の傷を悟られまいと私は必死だった。
「友達がやってる店だから、半分は奴の奢りだし。また何かで使ってやってよ。……それと」
そこで彼は私に少し顔を寄せるようにして声をひそめた。
「美緒のこと、秘密ね」
“美緒”──彼が漏らした親密な呼び名に、生傷をえぐられるような痛みが走る。
「はい」
無理やり微笑んでうなづくと、この話題の打ち切りを願いながら何かを探すふりをしてバッグをかき回した。
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