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4 火曜日
火曜日。
朝、七時少し前に出社すると、部長の方が先に来ていて、課長のデスクでワサワサと探しものをしていた。
「部長、お早うございます」
少し緊張して、すべりそうな声で挨拶をした。
うちの部長、渡辺勝人(わたなべかつひと)は、縦にも横にも体が大きく、がたいの良い人だ。スーツを着ていても、一目で体育会系出身とわかる。
実際、学生時代は体育会柔道部に所属し、学生選手権にも毎年のように出場していたツワモノだったらしい。
初めて会ったときはちょっと怖そうで近づきがたいものを感じたが、実際の部長はとても気さくで面倒見が良い。
普段は部長室で仕事をしているので、同じフロアにいても部長と話をすることは少ない。もちろんこんな朝からフロアに出ていることは珍しい。
「おう、課長代理ぃー、お早う」
その、何かを取って付けたような肩書きには慣れそうにない。
「部長、何探してるんですか」
「今日の外回りの資料」
「あ、それ、俺が持ってます。課長に聞いて、デスクからピックアップしときました」
「お。ってことは、お前がやってくれるんだな。それは良かった。俺一人ではどうしようかと思っていたんだ」
え? 俺一人、と思っていたのは俺の方なんだけど。頭の上に、ぽっかりとはてなマークが浮かぶ。
今日の課長の営業のために、きのう課長から電話で聞いた情報の全てを頭にインプットしたのに。そのために睡眠時間を削りに削ったのに。
部長が一緒に行く予定だったのか。だったら部長に……
「じゃ、今日はさっそく課長代理のお手並みを拝見させてもらうよ」
「は?」
部長には俺のはてなオーラが見えないのだろうか。
「俺も一緒に行くけど、ただの付き添いだから」
肺が裏返ってしまうくらいのため息が出そうになるのを我慢する。ま、夕べの学習が役に立ちそうだ。ポジティブに捉えることにしよう。
「よし。行くぞ」
気合いを入れて出発するところなんか、やはり少し体育会系残っていますね、部長。
なんて余計な言葉は口にせず、課長だったらそんなことは絶対に言わないだろうとの分析もしつつ、部長にくっついて会社を後にした。
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