5 水曜日

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 一人で訪問した水谷は、データ復旧をした、つもりが、どうやら気づかないところでさらにいくつかのデータを消してしまったらしい。そして、それに気づかずに帰ってきてしまった。  相手はデータ復旧を期待していたのが、逆に問題を残されたことに怒り心頭だったのである。 「分かった。じゃあ、出かけようか」 「すみません」 「心配しないで。クレーム処理は慣れてるから」  もちろん、クレームなど、何度出くわしても慣れることはない。むしろ、できることなら関わりたくない業務の一つだ。  水谷の不安そうな顔を見ながら、自分が新人の時も課長がクレーム処理について来てくれたことを思い出す。  俺も課長のようにうまくできるだろうか。  会社の車を運転し、約束の時間の十五分前には目的の場所に着いた。部長との約束が守れて悦に入る、なんて余裕は全くない。  客に怒りの般若面のような形相で迎えられる。初対面でこの印象は、客とはいえいかがなものかと。いや、そんな立場ではない。自己紹介もそこそこに、さっそく作業に取り掛かった。 「仕事にならねえんだよ」  店のバックに、ヤの付く人たちのグループがいらっしゃるのでしょうか。場合によっては得も言われぬ抗争に巻き込まれるかもしれない、くらいの凄みに多少ビビる。  作業を覗き込む客の後ろで、水谷が壁のしみのような暗い顔をしてすまなそうに立っている。昨日、最初の連絡を受けた時の水谷の気持ちがなんとなくわかった。  いや。お客様は神様。この古典にファンキーな切り返しを試みたい。  俺はコンピューターの修理屋ではなく、もちろんエンジニアでもないただの営業マン。けれども、自社の製品に関しての知識・特性はすべて頭に入っている。  水谷の話から得た情報をもとに、客のドヤ顔の操作よりも、コンピュータのスクリーン操作の方に集中する。 「こちらのデータでしょうか」  思ったよりも探すのに時間がかかったけれども、消失したと思われていたデータを何とか見つけ出して、スクリーンに戻すことができた。  抗争勃発直前のようだった客の怒りがうそのように静まり、復旧した客の表情は普通の小売店の店主に戻った。いやホント、この穏やかな方がうその顔だろうと今は疑ってしまう。
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