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会社に着き、課長のデスクを探る。
うちの課長、花園徹(はなぞのとおる)は男性にしては珍しく机上をいつもきちんときれいにしている。スマートでセンスの良い課長の身なりと一緒だ。
細身の花園課長は一見華奢でひ弱そうに見えるが、仕事は速くて的確だ。しかし、見た目と一緒の静かでソフトな話しぶりからは、抜群の営業実績を積み上げる営業マンとしての課長の姿を見るのは難しい。
会社の上層部から『秘密の花園』といういかにもワケアリなニックネームで呼ばれる所以だ。課長はそのニックネームを嫌っているようだけれども。
会社では自分の仕事をたくさん抱えているはずなのに、俺たち部下への気配りを忘れない。自分の部下だけでなく、このフロアにいる誰にでも気軽に声をかける気遣いのある人だ。
毎年四月に新入社員が入社すると、課長は教育係を担当する。俺も入社したとき課長についてもらった者の一人で、それ以来、何かと世話になっている。
どこだ?
課長のデスクは、ぱっと見整理整頓されているようだが、やはり他人の目には何がどこにあるのかわからない。俺はとりあえず明日の業務に必要な書類をゴソゴソと捜した。
ジャジャジャ……
「おわっ」
携帯のヘビメタ音にビクつく。ひと気のないオフィスで突然鳴り出したダークな音と、なぜかちょっと強面の部長がリンクする。いや、スクリーンには花園課長の名前が。
「もしもし、課長ですか! 大丈夫ですか! あ、いや、じゃないですよね」
「こーじ、夜遅くに悪いな」
いつものように、ソフトで感じの良い課長の声。けれども今は、いつもより桁外れにソフト度が高いように聞こえる。
「部長から連絡あったか」
「はい。大変でしたね。怪我は?」
「ああ、右腕は折れた。肋骨と足はひびで良かった。何とか生きてるよ」
重症じゃないか。生きるか死ぬかの大事故だったのか。これはしばらく、課長の仕事は俺が抱えることになりそうだ。
俺は課長とよく組んではいるが、課長は俺との仕事以外にもいくつも仕事をこなしているはずだ。
いや、今は仕事のことよりも、課長とこうして話が出来ることに安心する。生きていてくれて良かった。
「電話して、大丈夫なんですか」
「ああ、左手で何とか」
「そういう意味じゃなくて……」
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