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たがいに守られることはないと知っている約束をして、電話を切った。
馬淵とは連絡じたい、つかなかった。
数年前に妻子をつれて、海外へ移住していた。馬淵の彫刻は、そっちのほうが評価が高かったから。
きっと、異国の地で果てたのだろう。愛する人を胸に抱きながら。それもまた、馬淵らしい。
つかのま、昔の友人を思いだし、蘭の気持ちは、ふさいだ。
しかし、ドアがあいて、猛や安藤たちが車両に入ってきた。蘭は我に返り、息をひそめる。誰も気づかないようだ。
ワンボックスカーは、すべるように発車した。
出口は研究所がわのトンネルだ。鉄扉が開門する。三両の車は山道を走りだした。
アスファルトは村人が定期的に点検している。まだ健在だ。
問題は乗り心地である。武器や機材の上に身をふせているので、かたくて痛くて涙が出る。
それでも、一時間は耐えた。深い中国山地をこの態勢で耐えられる限界まで耐えた。
ここまで来れば、猛だって、引き返して、蘭を追いはらおうとはしないだろう。
「もうダメ! 限界。僕も、そっちに乗せてください」
蘭は、とびおきた。
それをバックミラーで見た安藤が、急ブレーキをふむ。
助手席の猛は、あわてて立ちあがろうとして、頭を天井にぶつける。
後部座席の池野と田村は絶句している。
「なーー蘭! なんで、こんなとこに!」
「そんなの今さら、どうだっていいじゃないですか。今から引き返しますか? 往復二時間のロスになりますよ? 夕方までに村に帰れなくなる。ね? そっちに行っていいでしょ?」
猛は頭をさすりながら、うなる。
「さては計画的だな。蘭、おまえってやつは、ちっとも変わらない。たまに暴走して、おれを困らせる」
「土足で失礼ーーあ、池野さん。田村さん。わきによけてください。そこに行くから」
車内のメンバーは全員、パンデミック前からの友人だ。えんりょなく、シートを乗りこえて、後部座席に移った。
運転席の安藤が、隊長の猛をあおぐ。
「どげしますか? 猛さん」
猛は蘭をにらむ。が、不承不承、承知した。
「しかたない。このまま行こう。でも、いいな? 蘭。おまえは車内から一歩も外に出るな」
「二十年ぶりの海なのに? 泳げる季節じゃないけど。潮風くらいは、あびたいですよ」
「窓から、ながめるだけでガマンしてろ」
いつも、泰然とかまえた猛が、ピリピリしてる。
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