二章 海と星、金魚

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とても美しい。 これまで、蘭が見たなかで、一番と言えるほど。 「日本海って、荒れた冬のイメージしかなかったけど、おだやかなのもいいですね」 「じゃあ、おとなしく、ここで、ながめてろよ。池野。おまえは、蘭に、ついててくれ。昼飯には呼ぶから」 海岸ぞいの道に、車が止まる。 トラックのほうは、柵のこわれたところから、砂浜まで入っていった。 「猛さんと、いたいのに」 「誰のために漁に行くんだっけ? それとも、海の幸は、あきらめるか?」 「そうでした」 猛は、その場で、革ジャンからウェットスーツに着替えた。背中の羽と一体化したように全身黒くなる。ますますSFファンタジー。 猛は出ていく前に、蘭の手に、スミスアンドウェッソンを手渡してきた。 いちおう、蘭も護身のために射撃訓練は受けている。まだ実戦の経験はないが。訓練中の成績だけなら、猛にも負けてない。 「身の危険を感じたら、迷わず使えよ。いいな? 蘭」 でも、こうして見たところ、危険はなさそうだ。往路だって、人影なんて、まったく見えなかった。 この世に生き残ってる人間なんて、もう蘭たち以外には、いないんじゃないのか? 三又のモリを手に、猛は海岸へ歩いていった。塩作りにとりかかる青年団のメンバーに指図しながら、海中へ入っていく。 「うーん。猛さん。モリが似合いすぎるなあ。RPGの悪魔みたい」 蘭はご機嫌なのだが、となりで池野は不安げな声をだす。 「蘭さん。猛さんが言ったやに、ムチャさんでよ?」 「わかってますよ。信用ないなあ」 「蘭さんは見かけによらず、イノシシだけん」 「イノシシは心外。僕は、もうちょっと狡猾なつもり。攻撃的って意味なら、ネコ科の獣がいいな。豹とか、ピューマとか」 「イメージどおりだね」 笑っていた池野が、急に消沈した。 「ごめんだよ。わ(私)が、蘭さんに御子を宿したばっかりに。長いこと苦労かけえね」 蘭の前に御子だったのは池野だ。 だから、池野は今でも出会ったころのまま、少年めいて見える。子どものころに御子を宿したので、二十歳くらいで成長が止まってる。 池野を見てると、少し、かーくんを思いだす。 「御子が人から人へ移るものだっていうのは聞いたけど。僕、あのときの記憶がないんですよね。どうやって、僕に御子を移したんですか?」 たずねると、なぜだろう。 池野は真っ赤になった。 「そこは……聞かんほうがいいと思う」
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