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とても美しい。
これまで、蘭が見たなかで、一番と言えるほど。
「日本海って、荒れた冬のイメージしかなかったけど、おだやかなのもいいですね」
「じゃあ、おとなしく、ここで、ながめてろよ。池野。おまえは、蘭に、ついててくれ。昼飯には呼ぶから」
海岸ぞいの道に、車が止まる。
トラックのほうは、柵のこわれたところから、砂浜まで入っていった。
「猛さんと、いたいのに」
「誰のために漁に行くんだっけ? それとも、海の幸は、あきらめるか?」
「そうでした」
猛は、その場で、革ジャンからウェットスーツに着替えた。背中の羽と一体化したように全身黒くなる。ますますSFファンタジー。
猛は出ていく前に、蘭の手に、スミスアンドウェッソンを手渡してきた。
いちおう、蘭も護身のために射撃訓練は受けている。まだ実戦の経験はないが。訓練中の成績だけなら、猛にも負けてない。
「身の危険を感じたら、迷わず使えよ。いいな? 蘭」
でも、こうして見たところ、危険はなさそうだ。往路だって、人影なんて、まったく見えなかった。
この世に生き残ってる人間なんて、もう蘭たち以外には、いないんじゃないのか?
三又のモリを手に、猛は海岸へ歩いていった。塩作りにとりかかる青年団のメンバーに指図しながら、海中へ入っていく。
「うーん。猛さん。モリが似合いすぎるなあ。RPGの悪魔みたい」
蘭はご機嫌なのだが、となりで池野は不安げな声をだす。
「蘭さん。猛さんが言ったやに、ムチャさんでよ?」
「わかってますよ。信用ないなあ」
「蘭さんは見かけによらず、イノシシだけん」
「イノシシは心外。僕は、もうちょっと狡猾なつもり。攻撃的って意味なら、ネコ科の獣がいいな。豹とか、ピューマとか」
「イメージどおりだね」
笑っていた池野が、急に消沈した。
「ごめんだよ。わ(私)が、蘭さんに御子を宿したばっかりに。長いこと苦労かけえね」
蘭の前に御子だったのは池野だ。
だから、池野は今でも出会ったころのまま、少年めいて見える。子どものころに御子を宿したので、二十歳くらいで成長が止まってる。
池野を見てると、少し、かーくんを思いだす。
「御子が人から人へ移るものだっていうのは聞いたけど。僕、あのときの記憶がないんですよね。どうやって、僕に御子を移したんですか?」
たずねると、なぜだろう。
池野は真っ赤になった。
「そこは……聞かんほうがいいと思う」
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