二章 海と星、金魚

8/29
前へ
/289ページ
次へ
「僕に変なことしたんじゃないでしょうね? 性的なこととか」 「しちょらん。しちょらん。そぎゃん(そんな)ことは、しちょらん」 「ほんとに? だったら、なんで、そんなに赤くなるんです?」 「え? 赤くなっちょうかいね?」 「ゆでダコみたい」 「……用足してくうわ。ちょんぼ(ちょっと)待っとって」 池野は車外へ出ていく。逃げる気だ。 蘭は追った。そこは前から、どうしても気になっていたところだったのだ。 車を出て、池野の行った岩かげに向かう。 そのときだ。 「女だ」 「女だ」 「なんて、きれいな女だ」 まわりの木かげから、わらわらと人影が現れる。またたくまに、かこまれた。 薄汚れた男たち。着てるものは衣服とは呼べない。布の残骸だ。髪もヒゲも伸びほうだい。異臭が鼻をつく。長いあいだ、風呂にも入ってないのだろう。 (原始人みたい……) 蘭はデニムのウエストに手をのばした。銃をさぐる。だが、そこに銃はなかった。 (しまったーー車のなかだ) あれほど油断するなと猛に言われたのに。 毎日、ストーカーに神経をとがらせてたころの蘭なら、ありえない失態だ。 「助けてーー」 池野を呼ぼうとした。その口をふさがれる。 蘭は数人がかりで抱えられ、男たちに、つれられていった。
/289ページ

最初のコメントを投稿しよう!

268人が本棚に入れています
本棚に追加