二章 海と星、金魚

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こうして、村の外部との交流が開始された。 翌日、あらためて、猛と青年団の一隊が海辺へ行った。 塩田の基礎を作り、国中たちに当面の食料、釣り道具、衣類、炭、石けんなどを提供した。 さらに、村の井戸を整備し、復活させた。 こっちには技術者がそろってるから、住環境を整えるのは、たやすい。 国中たちは、とまどう。 「なんで、ここまでしてくれるんだ。そりゃ、こっちは嬉しいが」 「蘭がさ。不潔なのは嫌いだって言うんだ」 原始人みたいな見てくれを指摘され、国中たちは乙女のように恥じらったという話だ。 交流は月に二度。毎月一日と十五日に決められた。魚は天日干し。イカは塩辛。貝類はバケツで生かしたまま。 交流日近くに獲れた魚は、生きたまま渡されることもあった。そんな日は新鮮な刺身に舌つづみをうち、蘭は大喜びした。 「おいしいっ。このアジの刺身。甘鯛はムリでも、けっこう、いろいろ釣れるんですね」 昔は庶民の食べ物だったアジも、今では、蘭と、その周辺の人しか食べられない。 国中たちの人数が少ないから、村人全員に行き渡るほどは交換できない。 「甘鯛、食いたいか?」と、猛。 「そこまでワガママ言いませんよ。サザエのツボ焼きだっておいしいし。シッポは猛さんにあげますね。タンパク質、大好きでしょ?」 猛はサザエのシッポを口に入れ、考える。こぶしを口にあてる、いつものポーズで、水魚に耳打ちする。 水魚は、こまっている。 「そうは言ってもですね……」 「たのむよ。そうすりゃ、村のやつらにも、わけてやれるし」 「しかたない。これっきりですよ」 猛が水魚に頼んだのは、燃料だ。 そのために、猛は前もって漁船の修理や網の確保をしていた。 その日、蘭は理由を知らされないまま、海につれてこられた。 地引網漁だ。 もと漁師たちが漁船で沖へ出ていく。網を投げ入れ、帰ってくると、浜で待っていたみんなが、一丸となって、それを引く。 国中たちも。不二村の青年団も。力をあわせて。 ワッショイ、ワッショイと声がそろう。 「僕たちも手伝いましょうよ」 蘭は、護衛の安藤と池野をさそった。 「ええっ、でも、蘭さんーー」 「僕だって男です。大漁旗、ふってみたいじゃないですか」 蘭も網に、とびついた。 非力な文筆家で、生まれてこのかた、資料の本より重いものを持ったことのない蘭には、かなり、きつかった。
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