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《夢 近未来5》
海辺の事件のせいで、しばらく、蘭はふさいでいた。
国中たちが死んだことも、もちろん悲しい。だが、それ以上に、猛と顔をあわせることが、つらかった。
猛は、もう普通に、ふるまってる。いつものように笑い、いつものように、ふざけ、いつものように自分の役目をこなしてる。
でも、わかってしまった。
猛には、やっぱり、薫の言葉が一番、ひびくんだなということが。
兄弟のあいだに結ばれた固い絆には、誰も割りこむことができない。蘭にも。
(それでも、僕のために、ここに残ってくれた。体を二つに裂かれるように、つらかったろうに)
僕が猛さんを引きとめた。
大切な兄弟と引きはなした。
姿を悪魔のように変え、何十年たっても年をとらない化け物にした。
蘭に対して、そこまで負わねばならない責など、猛にはなかったはずだ。
猛がいないと、蘭が、さびしいーーただ、それだけの理由で。
心苦しさから、蘭は屋敷をぬけだし、村のなかを散策した。農作業中の村人に声をかけて歩いていると、少しは気がまぎれる。
用水路を泳ぐメダカをながめるのも好きだ。季節は冬だが、まだ氷は張ってない。
ほんとは、以前、一度だけ、そこで見た金魚をさがしてる。
だが、あれはもう二十年以上も前のことだ。パンデミックの前。蘭が、まだ御子ではなかったころ。
いくらなんでも、あのときの金魚が生きてるはずがない。用水路は金魚にふさわしい住処ではないし。
あぜ道のわきに、しゃがみこんで、用水路をのぞきこんでいた。
うしろのほうで、小声で、ささやきあう少女たちの声が聞こえる。
「ちょ、ちょっとォ、御子さまだよ」
「かわいいッ。あんなとこで、なにしてるのかな」
「でも、なんか……さびしそうだよ」
おっと、村民の前で威厳を欠いてたかな。
蘭は立ちあがり、少女たちをふりかえる。完ぺきな魅力をもたらす営業スマイルで。
十四、五さいの女の子が四、五人かたまってる。
不二村では、十二さいまでが義務教育。そのあとは徒弟制だ。何人かの師匠のもとで訓練したのち、最終的に職業を決める。
十五なら、少女たちは、ちょうど将来の仕事を決定する大事な時期だ。
こんなところで何をしてるのだろうか。
背中にカゴを背負ってるから、農作業の手伝いか?
「やあ、君たち。畑仕事?」
なにげなく、たずねて、蘭はハッとした。
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