二章 海と星、金魚

22/29
前へ
/289ページ
次へ
少女たちの一番うしろにいる子。似てる。いや、そっくりだ。 蘭が中学二年のとき、初めて交際した彼女に。そのせいでクラスメートにイジメられて、自殺した沙姫に。 「ーー沙姫?」 思わず、口走っていた。 そんなわけないことは、わかりきってるのに。 沙姫は四十年も前に死んでる。今は、がれきの山か、草原と化した墓地で眠ってる。とっくに土に還ってるだろう。 「あの、わたしですか? わたし、紗希です」 ほかの子が目を輝かせる。 だけど、蘭は、ほかの子なんて、もう目に入ってなかった。 「いや、その奥の子。名前は? 白いリボンの君だよ」 その子はビーズを刺しゅうしたリボンで、ツインテールにしている。 沙姫も、学校には、いつもツインテールで来ていた。 「わたし……? 美沙です。桜井美沙」 「桜井」 沙姫と同じ名字だ。 「もしかして、君のお父さん、京都の人?」 沙姫には兄がいた。もし、その娘なら、沙姫に似ていても不思議はない。 だが、沙姫は首をふった。何か言いたいが、言うことは許されないというように。 「……そう。違うのか」 では、ぐうぜんの一致か。 こんなに瓜二つで、姓まで同じなのに? なんだか、蘭は沙姫に運命的なものを感じた。 沙姫は蘭にとって、生涯、ただ一人の恋人だ。初めてのキスをし、手をにぎり、恋の高まりを、たがいの心臓に手をあてて、たしかめあった人。 沙姫の自殺があってからは、女を蔑視してた。だから、特定の恋人は作らなかった。ナンパした相手と一夜をともにすることはあっても、それは断じて恋ではなかった。 沙姫だけが特別な人。 年をかさねるにつれ、なつかしく思いだされる。蘭の数少ない青春の思い出だから。 沙姫の生まれ変わりのような、この少女を、このまま行かせてしまうのは忍びない。 「君たち、これから、うちに来ない? いっしょに、お茶を飲もう」 「ええっ、ウソぉ!」 「いいんですか?」 「そんなの夢みたい」 にぎやかに悲鳴をあげる女の子たち。 でも、美沙の反応は違っていた。 なんとなく切ない眼差しで、蘭を見つめる。 白いTシャツの左胸を片手で、つかんだ。 そこが苦しくて、しかたないというように。
/289ページ

最初のコメントを投稿しよう!

268人が本棚に入れています
本棚に追加