二章 海と星、金魚

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「ああ。『死後蝶』ね。トリックはイマイチーーって、この前も村の女の子に言ったっけ。じゃあ、あとで回覧用のゲラ刷り、一部あげるよ」 そう言いながら、御子さまは、さらさらと色紙に筆を走らせる。 「はい」と、美沙に色紙が渡された。 見ると、『美沙さんが、いつまでも健やかに過ごせますように』と書かれていた。 あんな変なことを口走ってしまったのに、なんて、ありがたい、お言葉だろう。 (御子さま……) これで何度め? 御子さまの姿を見てると、胸が苦しくなる。 それに、御子さまのお顔を間近で見たとき、美沙は確信した。 わたし、この人を知ってる。 目をとじると、うすぼんやりと、よみがえってくる。御子さまと手をつないで歩いたような……? そのときの御子さまは今より、もっとお若い。美沙と同い年くらい。 ーーどうしよう。うち、ドキドキする。 ーー僕もだよ。ほら。 彼の手が美沙の手をつかみ、自分の胸にあてる。御子さまの心臓は、ドキドキ脈打ってる。 御子さまは、ためらいがちに、もう片方の手を美沙の胸に伸ばしてきた。 「さわっても、いい?」 美沙の心臓は、恥ずかしさに、ますます早鐘を打った。でも、こくんと、小さく、うなずく。 彼の手が美沙の乳房の上にのる。 たがいの鼓動を手で感じながら、二人は唇をあわせた……。 (なんだろう? 今の。妄想? わたし、どうしちゃったの? 御子さまを相手に、こんなこと考えるなんて) その妄想をふりはらおうとするのに、一度、思い浮かんだ映像は、決して去らなかった。 「美沙? やっぱり『八重咲解体』のほうが、よかった?」 御子さまの声が、やさしく耳元にひびく。 美沙はモジモジしながら首をふった。 御子さまはニッコリ微笑する。 となりで璃々花が大声をあげる。 「御子さま、美沙ばっかり、かまって、ズルイ」 「ああ。ごめん。ごめん。じゃあ、みんなでトランプしようか」 夢のような一日だった。 午前中はトランプ。午後からは、すごろくという古いボードゲームをした。昼食ばかりか、豪華な夕食まで、いただいた。 夕食のあと、水魚さまが言った。 「蘭。いくらなんでも、この子たちは、もう帰してあげないと」 御子さまは残念そうなお顔をした。しかたなさそうに承諾する。 「そうだね。じゃあ、僕が家まで送るよ」 「それは猛さんに任せれば、よろしい。日が暮れてから、あなたが外出するなんて、言語道断です」
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