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「ああ。『死後蝶』ね。トリックはイマイチーーって、この前も村の女の子に言ったっけ。じゃあ、あとで回覧用のゲラ刷り、一部あげるよ」
そう言いながら、御子さまは、さらさらと色紙に筆を走らせる。
「はい」と、美沙に色紙が渡された。
見ると、『美沙さんが、いつまでも健やかに過ごせますように』と書かれていた。
あんな変なことを口走ってしまったのに、なんて、ありがたい、お言葉だろう。
(御子さま……)
これで何度め?
御子さまの姿を見てると、胸が苦しくなる。
それに、御子さまのお顔を間近で見たとき、美沙は確信した。
わたし、この人を知ってる。
目をとじると、うすぼんやりと、よみがえってくる。御子さまと手をつないで歩いたような……?
そのときの御子さまは今より、もっとお若い。美沙と同い年くらい。
ーーどうしよう。うち、ドキドキする。
ーー僕もだよ。ほら。
彼の手が美沙の手をつかみ、自分の胸にあてる。御子さまの心臓は、ドキドキ脈打ってる。
御子さまは、ためらいがちに、もう片方の手を美沙の胸に伸ばしてきた。
「さわっても、いい?」
美沙の心臓は、恥ずかしさに、ますます早鐘を打った。でも、こくんと、小さく、うなずく。
彼の手が美沙の乳房の上にのる。
たがいの鼓動を手で感じながら、二人は唇をあわせた……。
(なんだろう? 今の。妄想? わたし、どうしちゃったの? 御子さまを相手に、こんなこと考えるなんて)
その妄想をふりはらおうとするのに、一度、思い浮かんだ映像は、決して去らなかった。
「美沙? やっぱり『八重咲解体』のほうが、よかった?」
御子さまの声が、やさしく耳元にひびく。
美沙はモジモジしながら首をふった。
御子さまはニッコリ微笑する。
となりで璃々花が大声をあげる。
「御子さま、美沙ばっかり、かまって、ズルイ」
「ああ。ごめん。ごめん。じゃあ、みんなでトランプしようか」
夢のような一日だった。
午前中はトランプ。午後からは、すごろくという古いボードゲームをした。昼食ばかりか、豪華な夕食まで、いただいた。
夕食のあと、水魚さまが言った。
「蘭。いくらなんでも、この子たちは、もう帰してあげないと」
御子さまは残念そうなお顔をした。しかたなさそうに承諾する。
「そうだね。じゃあ、僕が家まで送るよ」
「それは猛さんに任せれば、よろしい。日が暮れてから、あなたが外出するなんて、言語道断です」
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