二章 海と星、金魚

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「うん。今度、『永遠に美しく』って映画、検索してみよ」 美沙は、じっと寝たふりだ。話にくわわると、よけい長くなる。 (さっきのジュースに睡眠薬、入れとくんだったかなあ) なんて、考えてしまう自分が、おかしい。 カベかけ時計が十一時半を示すころ、ようやく三人は眠ってくれた。 美沙はパジャマから昼間の服に着替えて、窓から研修所をぬけだした。 窓の外に、御子さまが立っていた。 「来たね。行こう」 御子さまは美沙の手をとって走りだす。 村には外灯がなく、夜道は暗い。 美沙は石につまずいて、よろめいた。 御子さまが抱きとめてくれた。 「ごめんね。あわてさせちゃったかな」 そう言うと、御子さまは美沙を抱きあげた。お姫さまダッコだ。 「御子さま!」 「蘭と呼んでよ。それが僕の名前だ」 「蘭……さま?」 「惜しいな。蘭でいいよ」 「蘭……」 御子さまは美沙をかかえたまま、どこかへ歩いていく。 「どこへ行くんですか?」 「僕を祀ってる神社」 「不二神社ですね」 不二神社ーー 御子さま御殿のとなりの山の上にある神社だ。不二の命(ふじのみこと)を祀ってる。 ご神体は、ここ。 美沙をその手で抱いて、歩いてる。 御子さまは鳥居をくぐり、神社へ続く長い石段をのぼっていった。 「ここからが一番、星がよく見えるんだ」 たしかに、そのとおりだった。 神社をかこむ森が黒いシルエットを作り、フレームで切りとられたような星空が輝いてる。 数えきれないほどの宝石をちりばめた夜のベール。 甘く匂いたつようにロマンチックなのは、御子さまの腕のなかだから……。 やがて、石段をのぼりきると、御子さまは美沙を社の縁側におろした。自身も美沙のとなりに、すわる。 「きれいだね。今の季節は空気が澄んでるから」 星はきれい。でも、星を見あげる御子さまのよこがおは、もっと綺麗。 「どうしたの?」 うっとり見とれていた美沙は、声をかけられて、あわてた。 「いえ、あの……御子さまはーーいえ、蘭は、どうして御子さまになったんですか?」 「それが自分でも、わからないんだ。水魚たちに何かされたらしいんだけど。レーザーとか、電動ドリルで、改造されちゃったのかな」 くすくす笑ってるが、なんとなく虚勢に見えた。 (もしかして、ほんとはなりたくなかったのかな。御子に) もちろん、そんな不敬なことは言えない。
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