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「そういえば、昼間、田んぼのとこで、何を見てたんですか?」
「あれね。金魚をさがしてたんだよ」
「金魚? 用水路に金魚なんているんですか?」
「いたよ。まだ僕が、ふつうの人間だったころ。一度だけ見かけた。誰かが、お祭りのあと、流したのかもね。
金魚は色が目立つから、自然界では天敵に食べられやすいんだ。かわいそうだろ?
あいつが生きのびたのか、ずっと気になってるんだけどね。やっぱり、食べられちゃったのかな。見つからないんだ」
なんで、そんなに、さみしそうに金魚の話をするんだろう。
もしかして、この人は御子になりたかったわけじゃなく、もしかして、この人は不幸なのだろうか……。
「僕も食べられちゃったのかもね。ほんとは、とっくに大きな魚の肉の一部なのに。まだ僕が僕なんだと信じて、夢を見てるのかも。ときどき、そんなふうに思うよ」
「蘭……」
どうしよう。胸が苦しい。
御子さまをふつうに見ていられない。
気がついたときには、御子さまの胸に、しがみついていた。
「美沙」
御子さまの手が、美沙の胸におりてくる。
美沙は息を呑んだ。
胸のドキドキが止まらない。御子さまは、そのドキドキの源をさぐりあてようとしているかのようだ。
ーーうち、こないドキドキしてる。
ーー僕もだよ。
御子さまの唇が、美沙をつつんだ。いきなり大人のキスをされて、美沙はあえいだ。こんなことは学習ソフトでは習わなかった。
「御子さま……」
「僕と、こうするのは、いや?」
いやじゃない。いやじゃないけど、なんだか怖い。でも、御子さまが望むのなら……。
美沙は、だまって御子さまの背に腕をまわした。御子さまは美沙の服の下に指をはわせる。経験したことのない感覚に、美沙はふるえた。
ーー蘭くん……ええよ。うち、蘭くんとなら……。
あのときは、どうしたんだっけ。
「蘭くん……」
ふいに御子さまの手の動きが止まった。ぎこちなく、美沙を離す。御子さまは笑いだした。
「なにやってんだろうね。五十男が小娘相手にさ。笑っちゃうよね」
御子さまは、しばらく、かわいた声で笑っていた。
「帰っていいよ。美沙。悪かったね。僕のヒマつぶしに、つきあわせて」
違う。ヒマつぶしなんかじゃなかった。途中まで、彼は本気だった。
ぐずぐずしてると、蘭は鋭い声をだした。
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