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「モテるねえ。遠藤センセ」
羨ましそうな、からかうような呟きに、あたしは咄嗟にドアとは反対の方を振り返る。そしたら、短髪の男の子と目が合った。隣の席の酒井くんだ。
短い前髪の下の、日焼けした浅黒い肌。くっきりした男らしい目元と眉。確か、水泳部だっけ。けいちゃんとは、全く見た目のタイプが異なる。性格もさっぱりしてて、面倒見よくて、みんなに慕われるタイプみたい。けいちゃんの周りにいつも女の子がいるとしたら、彼の周りはいつも男子が集まってくる感じ。
「春日は興味ないの? 遠藤センセ」
「え…」
あたしは言葉に詰まる。いや、ないわけじゃない…ってか、彼氏だし。彼氏なんだけど、もちろん言えないし。こーゆー葛藤の一切合財を全部なぎ倒して、生徒やあたしの前で可愛い彼女がいて、ラブラブだ、と言い切ったけいちゃんを、あたしは妙に尊敬してしまった。
詰まった挙句に出てきた答えは、信じられないほどつまらないものだった。
「だ、だって先生だし」
「ああ…。つまり、望みのないものには、手を出さないタイプ?」
いや、そういうわけでもないんだけど。でも、ボロが出そうだから頷いておこ。
「うん」
「じゃ、俺と一緒だ」
酒井くんはそう言って、笑った。浅黒い肌から白い歯がにっと出る。栄養ドリンクのCMみたいだ。
なにが一緒なのかよくわかんなかったけど、つられてあたしも笑ってみた。
人間て大きい秘密持ってると、他のこともあんまり話せなくなるもんなんだなあ。全部がけいちゃんとの秘密に繋がりそうで、迂闊なことが言えなくなる。
…あたしが貝みたいになったら、けいちゃんのせいだ。
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