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いるよ。さっきまで目の前にいたじゃん。いつも、授業やってるじゃん。…と、言えたらどんなにいいだろう、と思いつつ、あたしは半分ホント、半分嘘の答えを酒井くんに返した。
「う、うん…いるよ。年上だから同じ学校じゃないけど」
「あ、そうなんだ。俺の知らないやつか。あ~、だから春日って遠藤ちゃんもスルーなのな」
酒井くんはあっさり納得する。なんの屈託もなくて、酒井くんてもしかしてあたしを…なんて、自惚れがかすめた自分が恥ずかしいくらい。
「じゃ、他の男とふたりきりとかまずい? 彼氏って、独占欲とか強い方?」
どうなんだろ。けいちゃんにヤキモチって妬かれたことないや。そもそもハタチも過ぎた社会人が、高校生の、それも自分の教え子に妬いたりしないよね?
「そんなことはないと思う」
「じゃ、いいよな」
提げてたスポーツバッグを肩に担ぎ上げて、酒井くんはまた白い歯を見せて笑う。
「うん」
いつも何が「いい」のかよくわかんないけど、あたしはまたその笑顔につられて笑ってしまった。
坂道を降りきったところにある踏切が、警報を鳴らしてる。まだ半分も降りきってないのに、赤色の矢印の向きを見て。
「あ、俺の方だ」
反射的に酒井くんは走りだす。え、今からで間に合うの?
「じゃーな、春日。また明日」
酒井くんは思ったままを口にして、思ったまま行動する。一緒に歩いたの結局5分くらいじゃん。
でもその奔放さが、嫌な感じではなくて、走りだして5メートルくらいしてから、振り返って両手で大きく手を振る酒井くんに、あたしも笑顔で手を振り返してた。
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