294人が本棚に入れています
本棚に追加
「あ、何の話かわからないですよね。すみません」
いや、よくわかる。言えないから黙ってるけど。
「俺の好きな子、カレシいるんですよ。俺、そういう無理めの女の子は、はなから対象外だったんだけど。どうしても気になって」
「ふーん」
無理無理、絶対無理。悪いこと言わないから諦めとけ。…って酒井に言うのを我慢するために、俺はペットボトルの紅茶を飲んだ。これがまた、激甘。
「でもあいつの好きな人って、センセのような気がするんですよねえ」
酒井の台詞に、俺はその甘ったるい紅茶飲料を噴きそうになった。
「何で? つか、誰の話?」
「教えませんよ、匿名希望」
ここまで語っておいて、酒井は彼女の名前は暴露しない。
「あいつ自分からは寄って行かないけど、いっつも見てるもん。センセのこと。俺、頭悪いけど、勘はいいんですよ」
そんな勘磨いてねえで、勉強しろよ、受験生。
「穿ち過ぎじゃねえの?」
「でも一度もカレシの話聞いたことないし。エア彼なんじゃねえの?って。金谷とかも、俺に吹きこむし。ま、そういうとこで見栄張るタイプにも嘘つくタイプにも見えねえんだけど」
…千帆のことよく見てるし、よくわかってる。ただ。そこで言えない事情があるのかも、と相手の立場を慮ったりしない真っ直ぐなとこが酒井らしい。
「どっちみちその彼、今回の旅行に来てないから、チャンスなんだよね、俺にとって」
「?」
「自由行動の日、あいつ誕生日らしいから。――センセ、言ったよね? 生徒は対象外だ、って」
ぞくっとするような凄みのある笑顔で、酒井は俺に念を押す。
「…ああ」
今更春日千帆だけは、特別だなんて言えるわけもない。俺は、気圧されたまま頷かされた。
「じゃ、センセ。玉砕すると思うけど、俺の健闘祈ってて」
告白でもする、ってか。恋敵に応援頼んでどうすんだコイツ。千帆が揺らぐなんてことは、微塵も思っちゃいないけど、俺の足元がふわふわと頼りない。それはきっと…。
「…ガンバレ」
「うわ、今、めっちゃ棒読みだったよね、もうちょっと心込めてよ」
「何で、俺が」
「可愛い生徒の恋路が気にならないの?」
なるよ、別の意味で。
最初のコメントを投稿しよう!