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「え、いいの?」
「良くない。良くないけど、いい」
「遠藤先生、日本語でお願いします」
「んーと、だからさ」
けいちゃんは頬をポリポリ掻きながら、一見関係なさそうな話を始めた。
「ラインのあのバラマキの犯人…さあ、俺、心当たりあるから」
けいちゃんの言葉にあたしの耳はぴくっとうさぎみたいに反応する。
「あたしだって、あるよ」
あたしが断言すると、けいちゃんは苦笑いする。同じ人を思い浮かべてるのは、互いに明白だった。
「学校側に彼女の名前を告げなかったのは、学校側が必ずしも犯人探しには躍起になってないことと、また何やらかすかわかんないから――なんだけど」
確かにさっきの校長先生の話もそうだった。噂の否定と消滅、そしてあたしのケアには心を配ってくれてるみたいだったけど、誰がやったか、ってことについては、触れてなかった。
「けど、俺もう限界。これ以上、彼女に千帆を傷つけさせたくない。今は『好き』なのか『嫌い』なのかどっちの感情かわからないけど、とにかく彼女のベクトルの向かってる先は俺だから。俺との繋がりが見えなくなれば、沖本は千帆に攻撃してくることはないはずだから。――今は、酒井の傍にいな」
けいちゃんは噛んで含めるようにあたしに言う。この間、歴史の勉強、あたしに教えてくれた時みたいに。
やだ、って言いたかった。首ぶんぶん振って、あたしのカレシはけいちゃんだけだよ、って言いたかった。でも。
「…わかった」
不承不承頷くと、けいちゃんは「いい子だ」ってにこっと笑って、あたしの頭ぐりぐりする。
「けど、千帆に指一本触れたら、ぶっ殺す、って酒井に釘さしておくから」
ゆ、指一本…そ、それくらい日常生活してて、赤の他人とも接触してる気がしますけど。
「けいちゃん。あたしが好きなのはけいちゃんだけだからね。信じててね」
「わかってるよ。でも千帆」
「でも…?」
けいちゃんの端正な顔がちょっとだけ歪む。笑いたいのか、泣きそうなのか、わからない切なげな顔があたしに寄せられて、けいちゃんは撫でてたあたしの髪をくしゃっと掴む。
ゆっくりと重なった唇は、言葉の続きを吐き出すことなく、あたしの思考を奪っていった。
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