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「春日の指輪は知らないけど。俺は彼女に贈ったの」
そう言って、さっき沖本が見てたはずのギャラリーから、1枚の写真を出す。俺と同じくらいの年令の女性が指輪をつけて、婚約会見みたいに手の甲を見せてにっこり微笑んでいる。指に光ってるのはもちろん婚約指輪じゃなく、千帆に贈ったのと同じものだ。
「…先生の彼女?」
「そう。誰にも見せたことないから、もう忘れて」
「……」
「お前が春日にどんだけ見当違いの意地悪してきたか、わかる?」
「……」
沖本は俯いたまま、背中を丸め込ませてまた小さくなった。
「つまり沖本が流した情報は嘘だってこと」
「わたしがやったんじゃ…」
「しらばっくれるなよ。アカウント消したくらいで、やったこと帳消しになるなんて思うな。IPアドレス探ってけば、お前のアカウントと消されたものが同じ端末から操作されたものだってことくらいわかるんだからな」
ハッタリだった。実際は警察でも絡まない限り、そこまでは素人では辿りつけない。でも、沖本にやったことを認めさせるには、多少の嘘も誇張もしょうがない。
「そして、この流された情報に対して、俺と春日は信用棄損や名誉棄損を訴えることも出来る――お前にな」
噛み締めた沖本の唇は小刻みに震えていた。実際はこの程度じゃ警察が動いたりしないし、法が介入してくることもない。けれど沖本の行為は犯罪か或いはそのボーダーすれすれの悪質なものだ、ってのは知らせたかった。
「せ、先生、そんな。ご、ごめんなさい」
やっと事の重大さを飲み込んだらしい沖本は、縋るように俺を見上げて、殊勝な言葉を吐いた。
「悔しかったんだもん。わたしだって、先生好きなのに…春日さんに負けてないのに…って。バレたら、ふたり別れてくれるかも、って」
ぽたり、と沖本の涙が机に染みを作る。けど、コイツのせいで千帆がどんだけ泣いたかと思うと、やり過ぎたと同情する気は欠片も起きなかった。
「あのさ、これが事実だったとして、バレたら、俺、懲戒免職モンだよ。春日どころか、沖本の前からもいなくなると思うんだけど。それとも、先生でなくなって職を失った俺でも、お前はついてくるの?」
たじろいだ目の光は弱々しく、宙を彷徨った。つまり、そこまでの覚悟も思いもないんだろう。
「…わたし、どうしたらいいですか?」
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