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途方に暮れた顔で、沖本が言う。
「犯人の目星を訊かれた時、俺は学校側にお前の名前は言ってない」
断言すると沖本はほっとしたのか、肩を上下させて息をついた。つくづく自分本位な奴だ。
「春日に謝って――そうしてくれたら、俺はこのまま何もなかったことにする」
いちばん俺が伝えたかったことを告げると、沖本は不本意そうに眉を歪めた。それでも、自分の非は認めたのだろう。
「わかりました」
言うと立ち上がって出て行った。
自分の手で歪めた真実。生徒に吐いた嘘。正直後味は良くない。
彼女の後ろ姿を見送って、俺はスマホの裏蓋を開けて、SDカードを入れ替える。大事な千帆のデータは全部こっちに移しておいたのだ。そして沖本に見せた写真は従兄弟の幼なじみの彼女に登場願った。
これで、近づかないでくれるとありがたいんだけどな。やれやれ、と肩をすくめて俺はそのままある番号に発信する。
「…まさちゃん? 俺。うん、うまく行った。ありがと」
電話の相手は7つ年上の面倒見のいい従兄弟の遠藤将道。まさにいちゃん。ホテルに勤務してる彼は、朝は苦手らしく、くぐもった声で。
「あー、良かったな」
おざなりな相槌を返して来た。寝起きだったかも。まさちゃんの仕事、不定期だから読めないんだよなあ。
「にしてもお前、別の架空の彼女こしらえなきゃいけないって、どういう相手に手出してんの。そんなにバレちゃまずい相手?」
「ん~、生徒?」
軽く答えると、こっちの機器まで震える程のおっきな溜息をつかれた。
「どうして俺の周りの奴はどいつもこいつも…」
「え?」
「いや、何でもない」
「毬江さん…だっけ。指輪の写真ノリノリで送ってくれた人」
まさちゃんの隣の家に住む女性で、夏休みとかにまさちゃんちに遊びに行った時、俺も遊んで貰ったことがある。つっても、10年以上も前だけど。
「ああ」
「よろしくお伝えください」
「はいはい」
夜勤明けで今、帰って来たばかりだというまさちゃんは、早々に電話を切ってしまった。
(どいつもこいつも…って、他にも生徒に手出してる知り合いでもいるのか? それとも…ま、いっか)
これで、沖本は少しは大人しくなるだろう。ちょっとだけ軽くなった足取りで、俺は3年4組の教室に向かった。
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