第5章 夏の迷い道

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やりたいことと出来ることって違う。 そして、ふいに尋ねられると答えに詰まってしまう。あたしに、出来ることって何だろう。あたしがやりたいことって何だろう、って。 「千帆。ちょっと休憩したら? コーヒー淹れたよ」 けいちゃんに声を掛けられて、あたしは穴が空くほど見つめてた2枚の用紙から、けいちゃんに視線を移す。 いつものけいちゃんのアパート、お馴染みの台詞。でも、ちょっといつもと感じが違う。 梅雨が明けて夏休みが間近で、けいちゃんは先週髪を短く切った。ツーブロックにバックを刈り上げて、今まで下ろしてた前髪は短めにして左サイドに流す。ワックスで固めたトップはちょっとつんつんしてて、男らしさアップ。 けいちゃんとこんな風にのんびり過ごせるのは久しぶりなせいもあって。 (目の保養だなあ~) なんてあたしはミッキーのマグでにやけた口元隠しながら、けいちゃんに見惚れちゃう。 「千帆?」 あたしの邪な視線にけいちゃんは首を傾げた。やった、チャンス。 「けいちゃんの髪触ってもいい?」 一昨日、教壇に立ったけいちゃんを見た時から、やってみたいと思ってたことを、あたしは素直に口に出す。 「いいよ」 テーブル越しのけいちゃんがちょっと身を乗り出してくれたから、あたしはけいちゃんの頭に手をのばす。 「わー、やっぱり固い。つんつんしてるね」 「ちょ。崩さないでよ。ってか、お前埋めた? 進路調査票」 甘い雰囲気だったのに、イキナリ担任の先生モードになってけいちゃんはさっきまで、あたしが唸りながら見てた用紙をさっと拾い上げた。 「うわ真っ白」 「だって、何書いていいかわかんない…」 進学希望だけど、何処の大学の何学部を受けたい、って具体的な希望とか目標を掲げろ、って言われると、急に困ってしまう。あたしがやりたいことってなんだろう、って。 「けいちゃんのお嫁さん、とか書いとく?」
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