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終業式の日、あたしと酒井くんは図書当番だった。下校時刻の5時までが、当番の持ち時間なんだけれど、午前中で授業が終わってしまう終業式の日は、その持ち時間がやたらに長い。
午後になるとまともに西日が差し込んで、エアコンが稼働してても、図書室の中は暑い。
「あ~、水はいりてえ」
シャツのボタンを第二まで開けて、下敷きで風を送りながら、酒井くんは叫ぶ。さすが水泳部。
もう夏休みに入るせいか、この暑さのせいか、館内は利用者が殆どいない。自然、あたしと酒井くんの口数は多くなる。
「委員の日は、部活お休みしてるの?」
「ん。そう。ま、塾とかみんないろいろ予定あるからな」
「そっか」
「なあ、春日」
「何?」
「お願いがあるんだけどさあ…」
お願い。改まって何だろ。でも酒井くんには、おっきな借りがある。あたしに出来ることならしてあげないと…そう思って、内容を聞こうとした瞬間だった。
あたしと酒井くんの前にぬっと、分厚い本が差し出された。あ、1Q84。けいちゃんが、読んでた。
「イチャイチャしてるとこ悪いけど、これ貸出いい?」
カウンター越しに刺のある声で言われた。見なくてもわかったのに、おずおずと顔を上げると、やっぱり立っていたのは、沖本さんだった。
(何も、あたしが当番の時に来なくてもいいのに)
まだ胸の内に燻るわだかまりが、あたしの態度を強ばらせる。
「…カードお願いします」
自分でも驚くくらい事務的な冷たい声になってた。
「噂だと思ってたのに、ホントにふたり付き合ってたんだ」
あたしと酒井くんを見比べて、沖本さんは言う。
「あなたには関係ない」
「春日さん、いっつもそればっかり。ボキャブラリー少なくない? 図書委員なら、もっと本読んだら?」
何でそんなことを、この娘から上から目線で言われないといけないのか。
大抵のベストセラーはけいちゃんが読んじゃって、簡単なあらすじと解説教えてくれるから、いいんですっ。まあ、概要聞いて食指が伸びないってことは、結局あたしは本があんまり好きじゃない、ってことなのかもしれないけど。
投げつけたい台詞を必死に喉の奥で噛み殺す。
あたしと沖本さんがバトルをしてる間に、貸出の手続きは酒井くんが済ませてくれた。返却予定日を伝えられて、本を受け取る際に、沖本さんの顔が少し赤らんだ。
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