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言ってしまってから、あたしは慌てて口を抑えた。やばい、ここうちの高校の子も何人か見かけた。けいちゃんなんて呼んじゃダメだ。
でも、既にけいちゃんの耳には届いてしまってた。
「春日、木塚」
けいちゃんは、買ったばかりらしいお弁当を持って振り向いた。
「来てたの?」
けいちゃんには酒井くんの応援に行くこと伝えておいたけど、けいちゃんが来るなんて一言も言ってなかったのに。
「ああ。酒井や大野も出てるから」
さも担任の勤めと言いたげな顔でけいちゃんは答える。教えてくれればいいのに。でも聞いたからって、一緒に来れるわけでもないか。
「酒井くんの応援に来たんだか、誰かさんが心配で来たんだか」
「木塚。早く弁当買ってくれば? 列増える一方だぞ」
けいちゃんはあたしと七海がお弁当買うの待っててくれて、3人で会場に戻った。通路歩いてたら、他のクラスの子たちにも会って、なんとなくみんなで合流する。その子たちがまた、他の子に連絡取って席に呼んだりして、気が付くと10名超のクラス応援団が結成されてた。
「ま、お祭り男だから、大勢いた方が酒井は喜びそうだよな」
けいちゃんの台詞にあたしも同意。ただ、教室の中みたい。けいちゃんはあたしと七海が座る斜め前に腰掛けた。
酒井くんの応援に来たのに、あたしは短く切ったばっかりのけいちゃんの襟足ばっかり見ちゃう。
――けいちゃん、遠いなあ。
午後は決勝ばかりだから、予選勝ち残った選手しか出られない。うちの学校の水泳部は酒井くんと部長の子と、もうひとりかふたりくらいだった。だから、みんな酒井くんのレース待ちで、他の競技の時は喋ったり、スマホ弄ってたり。そんな中、けいちゃんはずっと他のレースも見てた。
膝で折り返したクロップドパンツのポケットに手を突っ込んで、じいっと水面に視線を送る。
「先生、水泳好きなの?」
あんまり熱心に見てるから聞いてみると、あたしの斜め前に座ってたけいちゃんは、体ごと横向きにして、あたしの方を向いた。
「…俺喘息持ちだったから。親が水泳は喘息にいいから、って近所のスイミングクラブに通わされてた。酒井みたいに早くはないけど4種泳げるよ」
「そうなんだ」
そんな話をしてるうちに、酒井くんの決勝のレースが始まろうとしてた。
「1コースかあ」
真っ先に名前を呼ばれた酒井くんにけいちゃんは浅くため息をついた。
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