第5章 夏の迷い道

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「1コースだとダメなの?」 「ん、ああ。競泳の場合、決勝のレースは予選の通過タイムでコースが決められることが多いんだ。今までの結果見る限り、多分これもそう。早い順に4コース、5コース、って割り当てられてく。だから競泳のレースは真ん中を中心に山型になることが多いんだ」 4、5、3、6…とけいちゃんは指でプールのコースを指していく。けいちゃんの予測通りなら、酒井くんの予選の通過タイムは決勝で一緒に泳ぐ人たちの中で7番目…ってこと? 「でも、予選タイムだけで決まるわけじゃないし」 「もちろんそうだよ」 パン、とピストルが鳴って、一斉に酒井くんたちが泳ぎ始めた。1コース、あたしたちから見ていちばん手前側のコースの酒井くん。やっぱりちょっと遅れてる。このレースで 3年生は引退だって言ってた。最後かもしれない酒井くんの姿。 あたしの周りのクラスメートたちも、劣勢の酒井くんを口々に応援してる。 「わたちゃん、ガンバレ」とか「行けーっ! 酒井」とか。 だから、あたしもつい熱が入ってしまった。 「航―っ。頑張って!!!」 口元に手を当てて、あらん限りの声で、あたしも叫んでた。 届くわけなんか、ない。距離だって遠いし、酒井くんは水の中なんだし。 なのに、あたしが叫んだ瞬間から、酒井くんのスピードが変わった。ストロークが早くなる。ぐんぐんと水をかいて進んで、山型になるのが普通だよ、けいちゃんがそう言ったレースの形は1コースが抜きでた歪な形になる。 「おお、すげー」 「酒井、今いちばん?」 届いてるのかな。そう思ったら嬉しくて、もっと声を張り上げてみる。100メートルのターン、酒井くんは1位で折り返した。 「すげー」周りも絶賛の嵐。けど、けいちゃんだけは、苦い顔してレースを見てた。 「ホントお調子モノな、あいつ。春日、声抑えた方がいいぞ。多分、後半ガタガタになる」 「…え?」 けいちゃんの言葉の意味がわかったのは、最後のターン折り返してから。明らかに酒井くんは失速してる。どんどん周りに抜かれていって、ゴールしたのも最後だった。
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