第5章 夏の迷い道

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「あーあ」 「なんだよ、最初だけかよ」 みんな総立ちで応援してたのに、がっかりしながら席に着く。プールから上がった酒井くんは、タイムと順位を見て苦笑いして、それからこっちに大きく手を振った。「聞こえてたよ」そう伝えるみたいに。 「ま、彼女の声援受けて、一瞬でもいいとこ見せられたんだから、あいつは本望だったんじゃないの?」 けいちゃんはそう言いながら立ち上がる。なんか、言葉が胸にズキズキ刺さるのは気のせいかな…。無我夢中だったけど、けいちゃんの真後ろで、酒井くんの応援したりしたら、やっぱり面白くない…よね。しかも呼び捨てで。 「先生帰るの?」 七海が聞くと。 「ああ。もううちの生徒は出ないみたいだし。酒井にお疲れ、って言っておいてやって」 けいちゃんはあっさりと会場を後にした。 「あ、あたしトイレ行ってくる」 ちょっと時間を置いてから、慌ててけいちゃんを追いかけた。石造りの階段を駆け下りて、左右をきょろきょろしてたら。 「俺も200メートルくらい泳いだら、慧史って呼んで貰えるの?」 階段の反対側に隠れてたらしいけいちゃんがあたしの前に現れた。――あたしが追いかけてくるの、読んでたな、けいちゃん。 けいちゃんはあたしの腕を取って、さっきまで自分がいた階段裏に引っ張ってくる。コンクリの反響で、会場内の声が響く。 「え、え、えっとあれは酒井くんのリクエストで…」 「じゃ、俺のリクにも答えて。呼んでみてよ、慧史って」 にっこり笑ってけいちゃんは、あたしの唇に親指を掛けて、閉じてた口を無理やり開かせる。内柔外剛じゃなく、外柔内剛。見た目の柔らかさに反して、有無を言わせない強引な態度がなんか怖い。やっぱり怒ってる?
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