第5章 夏の迷い道

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「でもけいちゃんは年上だし先生だし…敬老の精神、じゃなかった、えっと年功序列的な? だから呼び捨てはちょっと…」 「意味わかんないんだけど、敬老って俺いくつだよ」 「や、や、だって無理」 さっきも思ったけど呼び名を変えるって、めちゃくちゃハードル高い。けいちゃんはあたしの中でけいちゃんなのに。 「言わないんだったら、ここでちゅーするよ?」 あたしの左脇にけいちゃんはドンと手をついた。こ、これって壁ドンてやつ? そしてさっき唇に掛けたままの手で、あたしの顎をくいっと持ち上げる。 逃げられない状況にゴクンと唾を飲み込む。だって、死角にはなってるけど、いつ誰が来るかわからないのに。 「やっ、やめてけーし…くんっ。ごめんなさい」 けいちゃんの腕に手を掛けて、必死に制止しながら、あたしはやっとそれだけ言った。唇にかかってた手を、今度は自分の口元に持ってって、けいちゃんはくすくす笑う。 「けーしくん、って…それが限界なんだ。ごめんごめん、千帆。そんな泣きそうな顔しないで。俺、千帆にけいちゃんて呼ばれるの、気に入ってるし」 「…か、からかったの?」 怒ってなかったのがわかってホッとしたのと、からかわれたのがわかって悔しいのと、半々の気持ち。 「イラッとは来たけど、酒井の彼女を演じる千帆の台詞だと思って、応援は流すことにした。寧ろ、あの歓声の中で千帆の声聞き分けたあいつにムカついた」 「……」 「俺も、うかうかしてらんないな、って」 あたしの耳の横についてた手をけいちゃんはポケットに収めて、そのまま視線を上向かせる。けいちゃんとあたしの頭上に広がってるのは夏の夕空。雲ひとつないブルーの空に、少しだけオレンジ色が混じり始めてる。 まだまだ暗くなるには時間があるのに。どうして急き立てられるような、切ないような気持ちになっちゃうんだろ。空の色が変わるみたいに、あたしの気持ちは変わったりしないのに。 「…けいちゃん?」 「夏休み、どっか行こうか」 けいちゃんの提案に、あたしのここまでの憂いが吹っ飛んだ。いつもけいちゃんちで隠れるように会ってばっかりだったから、ふたりで出かけるなんて、けいちゃんが先生になってからは初めて。 「何処? 何処連れてってくれるの?」 「何処でもいいよ。――誰も、俺達のこと知らないところだったら」
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