282人が本棚に入れています
本棚に追加
丁度、大会が終わった頃合いのせいか、体育館最寄りのバス停は長い行列が出来てた。
「1本待つなら、歩こうか」
駅までの距離は1キロちょっと。15分に1本しかないバスを待つよりかは、徒歩の方が早いかもしれない。酒井くんの提案にあたしも頷いて、舗道を歩き始めた。
「もう引退なんだってね。寂しくなる?」
「あ、いや、まだ実感湧かねえ。夏休み暑いから、学校に泳ぎに行こうぜ、なんて3年で話してるくらいだし」
「そうなんだ。じゃあ、まだ泳ぐんだね」
酒井くんの綺麗なフォームがまた頭の中でリプレイされた。
「俺さあ、体育学科のある学校進学したいんだよね。そこで生涯スポーツ、っていうの? ほら、スポーツと健康って切り離せないし、みんながみんな、オリンピック目指して、泳いだり走ったりしてるわけじゃないじゃん。個人個人がスポーツと関わったり、モチベーション保っていられるにはどうしたらいいか、みたいの学びたいんだよね。水泳も何らかの形では続けたいし」
酒井くんは将来やりたいことがちゃんと決まってるんだ。試合で負けても、部活を引退しても、次に進むべき道をちゃんと見据えてる。
「…酒井くんも真面目に考えてるんだね」
進路希望は、あたしの偏差値に見合った大学選んだだけ。あたしだけ何も決まってなくて、やりたいことも取り柄もなくって嫌になる。
「遠藤ちゃんは何も言わないの?」
「学部も職業も人は、ひとつずつしか選べない。悩んで当然だから、じっくり考えな、って」
「ああ、なんか遠藤ちゃんぽーい、言いそーっ」
そうそう意外にけいちゃん、説教好きだから。
「俺、でもあの人好き。先生としても、人間としても」
「…そうなの?」
「今日だって、お前のこと、俺に残してくし。大人の余裕? 悔しいけど、男として憧れる」
…うん。あたしもけいちゃん好き。って、でもそれは、酒井くんの前で言っちゃいけないよね。でも、あたしの気持ちは駄々漏れだったらしい。
「…春日、にやけ過ぎ」
ちょっとだけ不貞腐れたように、酒井くんはあたしのあほ面を指摘した。
「けど、あと5年経てば、俺も遠藤ちゃんよりいい男になるかもしんねえよ?」
酒井くんは夏のおひさまみたい。からっと、時に眩しいくらいに、照りつけてくる。
最初のコメントを投稿しよう!