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あたしの願いに反して、楽しい時間て、あっという間に過ぎてっちゃう。絶叫マシンは乗りつくし、お化け屋敷も来た時は鮮やかなスカイブルーだった空が茜色に輝きだし、富士山も染まっていった。
広場の大きな時計を見ながら、けいちゃんが呟く。
「あと、1、2個乗れるかな。千帆。乗ってないのなんだっけ」
1日の終りを感じさせる台詞は、今日が楽しかった分だけ余計に胸をきしませた。
「…観覧車」
答えた瞬間に、じわっと涙が浮かんだ。乗ったら終わっちゃう? だったらまだ、乗りたくない。
「な…何で泣いてるの、千帆」
けいちゃんは心底訳がわからない、って顔をして驚く。
「…帰りたくない」
溢れた感情をそのまま声にしたら、けいちゃんはすごく困った顔をした。ああ、やっぱりダメなのか。けいちゃんの表情で答えはわかっちゃったのに、あたしは尚も往生際悪く足掻く。
「ワガママ何でも聞いてくれる、って言ったじゃん」
あたしはもう涙声になってた。言い終わって、すんと鼻を啜るとけいちゃんは、あたしの泣き顔を他の人から隠すように、自分の被ってたキャップを目深に被せた。
「千帆」
窘めるようにあたしの名前を呼ぶけいちゃん。
何でダメなの。外泊だってセックスだって、周りの子みんなやってる。どうしてあたしとけいちゃんだけ、人前で手をつなぐことも、名前を呼び合うことも出来ないの?
「…今日だけで、いいから。もう絶対、こんなこと言って困らせないから」
帽子のツバの下で、あたしはぽろぽろ涙をこぼしてた。ホントはこんな風に言うつもりじゃなかったのに。もっとさり気なく、傍にいたい、って言いたかったのに。
「だってお前、家にはなんて言うの」
「七海たちと泊まるから、ってもう言ってきてある」
「――!」
あたしの大胆で周到な計画に、けいちゃんは目を瞠る。
「あ、呆れた?」
「いや…女の子って凄いね…」
凄い、はいい意味なのか悪い意味なのか。聞いてみる勇気なんてない。あたしとけいちゃんの間に流れる沈黙。
次に言葉を発した方が折れてしまう気がして、あたしは頑なに黙ってた。けいちゃんも何も言わない。そんな根比べみたいなことをしてたあたしたちの間を割くように。
「…慧史?」
こんな地元から特急で2時間も離れた遊園地で、誰かがけいちゃんの名前を呼んだ。
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