第6章 初めての夜、初めての朝

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正面から名を呼ばれたものの、けいちゃんからは逆光でその人の姿がよく見えなかったらしい。眉間に手をかざして、けいちゃんは目を細める。あたしも思わず振り向いた。 (…誰?) その疑問をけいちゃんに投げかける前に、あたしの身体は背後からけいちゃんに引かれて、逆にけいちゃんの後ろに立たされた。 自分が壁になってあたしを守るみたいなけいちゃんの態度に、余計に違和感と不信感を覚えてしまう。 「…久しぶりね。まさかこんなとこで会うと思わなかったけど」 カツカツとストラップのサンダルの音を響かせて、けいちゃんの前に女の人が立った。長身でスレンダーな身体にぴったりしたマキシのワンピ。パープルのアイカラーとボルドーのルージュの色が印象的な、綺麗な女の人だった。 「…いつ帰国したの」 にこやかな彼女の声に比べて、けいちゃんの声は聞いたことないくらい固い。 「先月よ。慧史のところにも連絡したのに、繋がらなかった。…ケータイ変えた?」 「今更、君と話すことなんてないよ」 素っ気ないけいちゃんの返事は、暗に着信拒否してたことを匂わせる。あのけいちゃんが? 知り合いに対してそんな措置をすることに少なからず驚いた。 「まだ怒ってるの?」 「…どうだっていいだろ、そんなこと。――少しは気を使ったら?」 デート中なんだけど、とけいちゃんはあたしにちらと視線を落とす。けいちゃんの視線につられ漸く、彼女はあたしを見た。今まで、存在の有無すら気にしてなかった、とでもいうように。 「あら、ごめんなさい。――妹さんかと思って」 釣り合ってない。初対面の、それもけいちゃんが昔親しかっただろう女性に、あたしはそう言われたも同然だった。 わかってても、面と向かって指摘されると、また心が擦り切れた。 「――行こう、千帆」 あたしの手を握って、けいちゃんは踵を返す。 「慧史っ」 しつこく呼ぶ声には、答えないまま、けいちゃんは観覧車のところまで、あたしを引っ張ってきた。晴れ渡った空の下の鮮明な景色よりも、薄暮の時間帯、オレンジから紫、黒へと空が暗く塗りつぶされていく幻想的な景色を眺めたいと思う人が多いのか、観覧車の列は昼間のそれより長くなってた。 「…乗る?」
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