第9章 凍った月

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SIDE Keishi 「…そうですか、わかりました」 落ち着いてたいたものの、やはり不安げな色は拭えないまま、受話器の向こう側の人は頷いてから、「朝から申し訳ありません」そう告げて、ゆっくりと受話器を戻した…のだろう。 向こうとこっちを切断するぷちっという音が、とても躊躇いがちに微かに響いた。 俺は俺で彼女との電話を終えて、ふうっと溜息をついた。そりゃ心配にもなるよな。 家でも、学校でも、千帆の様子は大きく変わりはないらしい。交換し合ったその情報は、互いの心に光を見出だせぬままだ。 ――文化祭のあの日以来、千帆の笑った顔を俺は見ていない。 バレたこっちより、知ってしまった向こうの方が、遥かに受けた衝撃は大きいはずなのだ。それでも、千帆のお母さんは冷静だった。静かに俺達の話に耳を傾け、頭ごなしに俺達の仲を裂くような真似はしなかった。 言語道断でその場で、千帆を引っ張って行かれても、何も文句は言えなかったのに。 最終的に言われた『卒業まではふたりきりで会わないと約束して欲しい』というあれは、お母さんの願いというより、寧ろ俺の立場を気遣ったものだったように思う。 従うしか出来なかった。教師としても千帆の恋人としても。 けれど、千帆にとってそれは、母親の圧力と俺の裏切りと映ってしまったらしい。 あれからもう4日になるのに、未だに千帆は母親と口を利かないし、食事も母の作ったものは食べないらしい。 「え、じゃあ…」 「コンビニやスーパーで買ったおにぎりやパンを食べてるみたいです」 学校でも生気のない表情で、一応来るだけは来ましたという義務感ありありの態度だ。友達の木塚とは仲良く喋ったりもしているみたいだが、俺が教室に入ると、急に顔が強張る。表情が無くなる。 何度か俺も千帆にメールを送ったり、電話をしてるけれど、向こうからのアクションは皆無だ。 わかりやすいハンスト。愚かしいレジスタンス。やきもきして、学校での様子はどうかと、お母さんは俺の方に連絡を入れてみたらしい。それがさっきまでの通話だ。 今日もそうなのかな。
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