264人が本棚に入れています
本棚に追加
「私は慧史と別れるつもりなんてなかったもの。見知らぬ土地で、どれだけあなたの声だけでも聞きたいと思ったか…。帰国すれば、また会って誤解が解ければ、やり直せると思ってたのに」
「だからさ、…すれば、って恋愛を仮定だけで語っても意味ないって。俺はもう幸せにしたい、たったひとりを決めちゃったから、みつきはみつきで幸せにしてくれる相手探して」
けいちゃんのセリフに、あたしまで涙が出てきた。どうしてだろ。嬉しいのかやるせないのかわかんないまんま、あたしの涙はシーツを濡らす。
「…わかったわよっ。お幸せに」
最後までみつきさんらしく、強気に言い放つと、みつきさんは出て行って、代わりにパタンと扉が閉められる。けいちゃんとみつきさんの世界が遮断されたみたいに見えた。
「ちーほ、何で泣いてるの?」
床に跪いて、ベッドマットに上半身埋めてたあたしの背中に、けいちゃんが覆いかぶさる。
「今の彼女に元カノとの別れ話聞かせるなんてサイテー」
泣いてる自分が悔しくて恥ずかしくて、あたしはそれだけ言った。
「…うん、ごめん」
「あたしは、絶対けいちゃんと別れないから」
くすっと笑って、けいちゃんはあたしの額を撫でる。思ったより元気そうで安心した…って、やっぱりけいちゃんのためじゃなく、自分のために来たみたい、あたし。
「何で小野先生がいたの?」
あたしが皮肉に聞くと、けいちゃんは苦笑いした。
「ん~、家までとりあえず送って貰った? 他の先生方から車で帰るの危ない、ってさんざん脅されてさ。たまたま小野先生はもう授業なかったから」
「あの人と帰るなら、あたしの目の前でぶっ倒れて欲しかった」
「次は、そうするよ」
けいちゃんは、背中からあたしを抱きしめる。ふっと漏れた呼吸が、熱い。少しかすれた声も、風邪のせいだってわかってるのに、色っぽくって、ドキドキした。
「けいちゃん…」
「あーもう、ダメだ。だから、来てほしくなかったのに」
「え? 何、どういうこと?」
「離したくなくなる…」
最初のコメントを投稿しよう!