第9章 凍った月

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何も用事がない日は、いつも酒井くんと帰る。相変わらず続いてる校内だけのフェイクの彼氏。 いい加減、酒井くんは不満に思ったりしないのかな。この発展も解消もしない関係。 「春日~、帰ろうぜ?」 今日もまたいつもみたいに誘われて、あたしは通学用のリュックを背負う。 「スタバのフラペチーノ、新しいフレーバー出たって。帰り、食べて行かねえ?」 酒井くんもあたしの様子がおかしいの、気づいてるのかな。盛り上げるように言われて、あたしは笑顔を作ろうとする。 その時にあることに気づいた。 (生徒手帳がない…) いつも感じるポケットの膨らみがぺったんこ。急いでリュックを降ろして、中味を全部ぶちまけても、机の中を覗いても出てこない。 (嘘…何処行っちゃったんだろ) 動転した頭で、必死に今日の足取りを振り返った。えっと、朝来た時はちゃんとあって、2時間目に体育があって、4時間目が移動教室。お昼に七海と屋上行って…。 「どうした? 春日」 「ごめん、酒井くん、先に帰ってて」 「え、おい、春日?」 あんな大事なもの落としちゃうなんて、あたしやっぱりどうかしてる。どうしよう。誰かに見つかっちゃったら。 気持ちは焦るのに、足がついて行かない。屋上に向かう階段で、上から降りて来た人に思い切りぶつかった。 「きゃ…っ」 「ご、ごめんなさい」 鼻先を甘いローズの香りが掠める。その香りに不吉なものを感じながら、ゆっくりと顔を上げた。 「…小野、先生」 あたしが呼ぶと、みつきさんは「あら?」と可笑しそうに口元を緩めた。 「偶然ね。春日千帆さん…。さっき、そこで拾ったわよ、貴女の生徒手帳」 手のひらサイズの濃紺の手帳を、みつきさんはサーモンピンクのジャケットのポケットから取り出した。わざわざ、裏表紙の、あたしとけいちゃんの写真を見せつけるようにして。
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