第2章

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「実は私、昨日大好きな彼氏に振られてしまって落ち込んでたんです。それでここに来たら財布も落としてしまって」 「そうなんですか。それは災難でしたね。けれどあなたは家に帰れますよ。私がしっかり送りますから」 私は俯きながら、ちらっと運転手さんの方を見る。 表情はまた無表情に戻っていた。 前を見ながらハンドルを動かしている。 それだけ? と私は思った。 何も気にならないのだろうか。 話を聞いているフリをしているけど、実はあまり聞いていないのかな。 私は悲しい気持ちを隠しながら、 「なぜここに来たのか聞かれないのですか?」 と確認してみた。 私は既に自分の話を聞いてもらいたくて仕方なくなっているのだ。 その質問の答えには、しばらく時間がかかった。 「聞かなくても分かりますからねぇ。私はあなたみたいな人を乗せるために、毎日あの道を通っているのですから」 その言葉を聞いて私はまた顔を赤くした。 もしかして心の中だけでは無く、今日しようと思っていた行動、それを止めたことまで読まれていたの? 「あの道にはね。近くにある自殺の名所とやらで死のうとしたけど、恐くなって引き返して、それでもお金が無くて……なんて人がよくいるんですよ。そんな人は顔を見れば分かるんです」 運転手さんは言葉を無くす私に対してゆっくりと語り始める。 「自殺をすると神様によって地獄に行くことになる、という人がいますね。けれど自ら死のうとする人は大概なにか神様のような見えない存在に酷い扱いをされている。神様って残酷ですね。酷い扱いをしておいて、死んだ人には地獄行きのチケットを渡すんですから」 私の目から涙が溢れ始める。 じんわりと瞳が濡れ、頬を伝っていく。 嗚咽も漏れ始める。 そうなの。神様が悪いのよ。 そして私はそんな神様が憎い。 本当に憎いのーー 声も出せないぐらいに酷くなった私を見かねてなのか、運転手さんは路傍に車を止めた。 「大丈夫ですよ。私は必ずここからあなたを連れて帰ります。必ずです。地獄に連れて行く神様がいるなら、それを止める神様がいてもいいでしょ」 大きな手が私の涙を掬う。 それが少しくすぐったくて、自分で拭くために私は鞄からハンカチを取り出した。
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