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この間の敵と見做されたようなあの鋭い視線は和らいでいる。けれど、やはり信用していいのかどうなのか、判断に迷っているような、警戒心たっぷりの目で、お父さんは俺を見る。
「千帆に聞いたんだ。担任の先生になる前から付き合ってたと」
「あ、はい…」
「君には君の言い分があるだろう。けれど、それでも…親としては、どんな理由や経緯があっても、先生には先生としての立場を崩してほしくなかった。一度別れて卒業後にまた付き合い始めることだって、できたはずだ」
「…一教員としては、そうすべきだったかと思います」
「人として、男としての感情を優先したと?」
「そうなります」
きっぱり答えると、溜息と苦笑が混じり合ったような息を吐き出した。実際俺の取った行動はお父さんには理解出来ないのだろう。
「夏休み明けの面談、あの時は君は熱心に千帆の大学進学を勧めてくれていたが、内心では何も知らない父親を嘲っていたのか?」
「そんなことはありません…!」
千帆のお父さんの疑念も尤もだ。でも、そこは誤解されたくなくて、俺は語調を強めた。
「千帆が俺を先生じゃなく『けいちゃん』って誤って呼んだ時に、いっそ全部打ち明けられたら…と思いました。でも、そうしたら俺と千帆が積み上げてきたものが崩れていってしまうかもしれない。言えなかったのは僕の怯懦です」
「けれど、千帆の進学を勧めるのと結婚したいという君の申し出は、矛盾していないか? やはりあれは適当な…」
「どうしてですか? 結婚したからって僕は千帆の可能性を奪うのは嫌です。大学は行って欲しい。なりたいのなら、教師にだってなって欲しい」
「大学の費用は?」
「情けないですが、僕の給料からは出せないので、奨学金と…あと、僕の親に借りようかと」
「君の親はこんな非常識な話を聞いて、何も言わないの?」
「最初は呆れてましたけど、向こうの両親が納得して、あんたに相手の人生まで抱え込む覚悟があるのなら、好きにしなさいと言われました」
鋭く俺にあれこれ聞いてきたお父さんは、ここで一旦大きく息をついて項垂れた。
「何もそんなに急いで、娘を連れて行くことはないんじゃないのかね…と、僕は思うんだけど」
「すみません」
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