第10章 聖夜の奇跡

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どれくらいの間、沈黙が流れたのか。ずっと俯いてたお父さんは、徐ろに顔を上げた。 「話はわかった。今日のところは引き取らせてもらうよ」 「勝手なことばかりを言ってすみません」 「本当だね。そして僕が勝手なことを言っていいのなら、まだ千帆は渡せない」 きっぱり言われると、続く言葉が見つからなかった。引き下がろうか食い下がるか、考えてたら、俺の肩にお父さんは手を置いた。 「君も千帆もまだ若い。だからと言って、簡単にやり直せると考えて貰ってるようじゃ困るんだ。これから先の長い一生、本当に千帆の人生も抱えて、ふたりで歩いてく覚悟はあるんですか?」 「もちろんです」 言い切るとお父さんの険しい表情が緩む。 「嫌な言い方を散々して、こちらこそ失礼しました、先生。何となく、何となくだけど、わかってもいたんです。千帆が貴方に寄せる信頼も、貴方が娘をヘタしたらこちらよりも理解してることも」 俺への呼び名が『君』から『先生』に変わる。同時に、お父さんは意外なことを言い出した。 「……」 「まさかありえないというより、信じたくなかったので、必死にその可能性は打ち消しました。でもこうなってみると、まだまだ僕の見る目も捨てたもんじゃない」 「…年の功ですね」 うまい相槌が打てなくて、追従みたいになったそれを、お父さんはからからと笑い飛ばした。 「先生。僕も一度結婚を失敗もしてるし、先生みたいに反対もされてる。でもね、先生。男と女のことは、結局親がどんなに口出ししたって、法が縛り付けたって、流れるところに流れちゃうんですよね。 それでも親が勿体つけて、『娘はやれない』と悪あがきをするのは、手に入れるのに苦労した方が、少しでも大切にするんじゃないかと儚い願いを込めるからかもしれない――この立場になって、漸く20年前の義父の気持ちがわかった気がします」
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