第10章 聖夜の奇跡

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「あともうひとつの条件は…条件というより、これはお願いですが。実はこの近所に、僕の両親の住んでた家があります。3年前に母が他界して以降、誰も住んでいない。売ってしまえばいいのだけれど、ちょっとまだ名残惜しくてね。家は住む人がいないと荒れます。可能なら、千帆との新居はそこにして欲しい。若いふたりが住むには、ボロい古い作りの家だけどね」 あー、あそこかあ。確かにボロい。キッチンもシンクも作りが古いし、トイレ和式だし、1階はダイニング以外畳だし。 「えーあそこお?」 ついあたしの口から文句が出てしまう。だって、全然『新婚』って気分になれないんだもん。 「千帆知ってるんだ」 「うん。でも、ホントボロいよ。カビ臭いし、埃凄いし、けいちゃんあんなとこ住んだら、病気になっちゃうよ」 「平気だよ。リフォームとかリメイクはやってもいいんですか?」 「ああ、もちろん」 「家賃は?」 「こちらがお願いして住んで貰うんだから、取るつもりはないですよ、先生」 「あとで千帆と行って見てきます。お返事はその上でも?」 「もちろん。――じゃあ、乾杯しますか」 けいちゃんの持ってきてくれたワインとノンアルコールのカクテルで、乾杯。すぐに食事をしながらの、話が始まった。 そのどれもが、『結婚』に関するもの。入籍の時期は、あたしが卒業したらすぐにして、大学生活は新しい苗字で始められるよう考えてるとか。お互いの両親との顔合わせはどうしよう、とか。 これもあたしは知らなかった事実だけど、お父さんはけいちゃんのご両親と既に電話でお話してるらしい。婚約とか結婚とか、甘い言葉にふわふわ夢見がちになってるのは、あたしだけで、オトナはもっと現実的にあれこれ考えて処理しようとしてる。 「結婚って、大変なんだね」 食事が進んで、開いたお皿をお母さんと流しに片付けた時に、あたしはぽつりとお母さんに言った。 「あら、もうマリッジブルー?」 「違うよお。ただ、けいちゃんはあたしが思ってる以上にオトナだったなあ、って…」 何だろ、置いて行かれたような気持ち。あたしに何の説明もしてくれないまま。あたしの気持ちは聞いてくれないまま、いろんなことが決まっていっちゃう…。
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