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「社会人と付き合ってるんだから、ある程度しょうがないとは思うけど、今回は急だしねえ、ま、千帆の気持ちもわかるかな」
ディナー皿を水で濯ぎながら、お母さんは呟いてから、一旦手を綺麗に洗って、食器棚の下の引き出しから、キーホルダーも何もついてない普通の鍵を取り出した。
「行って来れば? さっきお父さんが話してたおばあちゃんのおうち。うちにいたら、どっちみちゆっくりふたりで話せないでしょ?」
「お母さん…」
もやもやっとした思いが燻るのは、けいちゃんとの時間が圧倒的に足りないからかもしれない。あたしは貰った鍵を握りしめた。
出来上がってる感じのお父さんを置いて、けいちゃんと出かけることにした。歩いても行けるけど、って聞くと。
「いや車で行くよ。見られても嫌だし」
「じゃあ、これボロ屋対策グッズ」
スリッパと軍手とマスクの入った紙袋を渡すと、けいちゃんは「万全だね」って、くすくす笑った。
車で5分も走ればついちゃった、木造の家。
「ガレージあるんだね」
枯れ葉がいっぱい落ちてるシャッターつきの車庫の中に、けいちゃんは愛車を入れた。一旦敷地の外に出てふたりで建物を見上げた。ぐるりと住宅を囲む白壁、青い瓦屋根、錆びついた門扉。
「昭和だねえ…」
「昭和でしょ?」
昔お父さんが住んでた頃からは、流石に建て替えはしてるはずだけど、それだって築20年はくだらないハズ。
「とりあえず、中入ってみよっか」
「うん」
予めお母さんが手入れしておいたのか、思った程埃っぽくなかった。けいちゃんが、あんまりくしゃみしてなかったから、それは確か。ただ、長らくひと気がなかったせいか、家の中がめっちゃ寒い。ぶっちゃけ外と変わんない。
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