第10章 聖夜の奇跡

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「俺もお前のことなんて、何ひとつわかってなかった…、待ってる、ってホントは言って欲しかったんだろ? みつき」 千帆が嫌がるのを知ってて、俺は久しぶりに彼女の名を呼んだ。ごめん、千帆。でも、「小野先生」って呼ぶ、同僚としての言葉じゃみつきの心に届かない。 「置いてかれたこと、ショックだったよ、俺は。だから、みつきを好きだった気持ちに封をして、連絡先も残ってたら絶対掛けちゃいそうだから、消去して…。俺ら結局別れ話もまともにしてないんだよな」 頭いてえ。熱で朦朧としてるせいか、こんな情けない本音も、何故かすんなり言えた。みつきに軽く扱われたから、俺も意固地になって、みつきへの感情を塗り替えた。大して、好きじゃなかった。だから、こっちから捨ててやる。 みつきはもう旅立ったのだろうか。そう思いながら、何度も空を見上げてたあの頃…俺のするべきことは、未練がましく飛行機を眺めることじゃなく、空港に行って、みつきとのこれからを話すことだったのに。 「私は慧史と別れるつもりなんてなかったもの。見知らぬ土地で、どれだけあなたの声だけでも聞きたいと思ったか…。帰国すれば、また会って誤解が解ければ、やり直せると思ってたのに」 でももう遅い。俺とみつきの見てる空は全然違うし、みつきの声が俺の心を震わせることもない。 「だからさ、…すれば、って恋愛を仮定だけで語っても意味ないって。俺はもう幸せにしたい、たったひとりを決めちゃったから、みつきはみつきで幸せにしてくれる相手探して」 「わかったわよ、お幸せにっ」 捨て台詞を吐いて、みつきは出て行って、俺はふうと息をついた。 自業自得なんだけど…、体調悪い時にこんな修羅場、ホント勘弁…。 ふと見ると、千帆は俺のベッドに上半身を埋めてた。小刻みに揺れる肩は、きっと泣いてるんだろう。接触しない方がいいのはわかりきってるのに、放っておけなくて。上から俺は千帆の背中にぴったりと引っ付いた。
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