第10章 聖夜の奇跡

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千帆のお母さんに無理なお願いをしたのは昨日の夕方だ。 「あら、慧史くん。もうお加減はいいの?」 千帆のお母さんは最近俺をそう呼ぶ。先生、って呼ばれるより、気安くていい。 「あ、お陰様で良くなりました」 「そう、良かったわ。あの子、雑炊ちゃんと作れた?」 「美味しかったです」 「プロポーズ、早まったな…なんて後悔しなかった?」 「しませんよ。 スマホの向こうの朗らかな声に、俺は自然に顔が緩むのを感じながら、用件を切り出した。時間と場所はそちらに合わせるので、もう一度お父さんに僕と会ってもらえないでしょうか。そんな身勝手な要求。 「わかったわ。主人の都合聞いてみます」 お母さんは快諾してくれて、すぐに折り返しの電話をくれた。てっきり断られると思ったけれど、意外にもお父さんの返事はOKだった。 しかも。 「明日の夜、◯◯駅の南改札脇のコーヒーショップの前でどうかしら? って、急だけど大丈夫? 慧史くん」 「あ、僕は全然。ありがとうございます」 「ここねえ、私とお父さんがよくデートの待ち合わせに使ってたのよねえ。なんか、懐かしいわ」 …まさか、その場所で20年も経ってから、娘の彼氏と待ち合わせするなんて、思いもしらなかったろうなあ。それとも、お父さんの定番の待ち合わせスポットなのかな。 もう一度お礼を言って切ろうとすると「健闘を祈ってるわ」。お母さんがそう言ってくれた。 冷静だけど、イタズラ心も存分にあって、他人への思いやりを欠かすことはないけれど、家族への愛情もたっぷりで。 千帆のお母さんは、すごく素敵な人だと思う。そして、お父さんも――
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