第10章 聖夜の奇跡

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「お時間取って頂いてありがとうございます」 駆け寄ってきた男性に深々と頭を下げると、「いやいや」と手で制された。 「先日はすまなかったね。頭に血が昇って、君を追い返すようなことをした。娘には怒られるし、妻にはチクチク刺されるし…」 「でも、千帆がいないところの方がいいような気がします」 良くも悪しくも、千帆は俺に一生懸命になりすぎるから。 「それは僕も同感だね」 千帆のお父さんが大きく頷いてくれたから、雑踏に身を任せ、流れに沿って歩きながら、何処か落ち着ける場所を探す。こういう時って、飲み屋なんかが定番なんだろうか。 でも流石に俺も彼女の親とは飲んだことがない。 「何処かいいところご存知ですか?」 尋ねると、返って来た答えは意外なものだった。 「急で申し訳ないが、可能なら君のアパートで話したい」 俺の家? 想定外の申し出だった。 あ~、娘の彼氏の身辺調査としては、メチャクチャ妥当かもしんない。年の功を感じながら、俺はお父さんを駐車場まで案内した。 「堅実ないいクルマに乗ってるね」 助手席に乗り込んだお父さんは、まずそんなことを言った。俺の車は父が昔乗ってたのを俺が免許取得の時に譲ってもらったもの。もう10年以上も昔のタイプだし、歴代の彼女乗せても褒められたことはない。 寧ろ俺がこんなの乗ってるのかと、意外に思われることが多い地味な車だ。とは言え、愛車を褒められて悪い気はしない。 「ありがとうございます。もうかなり古いんですけどね」 言いながら俺は、エンジンを掛けた。走りだすとお父さんは無言になった。なんとなく俺からも話を振りづらくて、車内にはテンションの高いFヨコのDJの声と洋楽だけが鳴り響く。 合コンや就職活動の面接での、自分の魅せ方、だったらある程度わかる。合コンだったら、ある程度の軽さとノリの良さ、面接だったら、熱意とか知性とか。 けど。 娘の父親が、娘の結婚相手に求めるものって何なんだろ。 パートナーを一途に愛する誠実さ? 一生食うに困らないような経済力? ぶっちゃけ、見てくれの良さなんて、マイナスポイントかもしれない。 ハンドルを握りながら、無言のお父さんをちらちら見ても、何を考えてるかはさっぱりわからなかった。
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