第2章  寂しさの色は《和助》

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ただ会いたくなる。 会ってあの人の 茜色の声を聞きたくなる。 「……辰乃」 兄さに連れられて 行徳に来てからは、 兄さの辻売りを 手伝ったりしていたけれど、 人手は兄さひとりで 充分のようだったし 僕も15になっていた。 それで初めて まともな仕事を探して、 拾ってくださったのが 八ツ志摩堂の旦那様だった。 初出勤の顔見せの帰りに 入れ違いで帰ってきた その人を見たとき、 心のなかに真っ白な吹雪と、 吹雪に混じってたくさんの 桜の花弁が舞い散るのが見えた。 白地に花模様の 振り袖を光らせて、 長い髪を風になびかせ、 鋭い目尻に紫紺色の瞳は 女軍神のよう。 おまけに良い薫りがして。…… こんなにも壮絶な 美しい人がいるのだろうかと ただただ見惚れ、 あの日  旦那様方に 自分がどんな挨拶を 述べたのかなんて、 何一つ覚えていない。
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